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◇クラシック音楽CD◇ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団のマーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

2018-11-06 09:33:12 | 交響曲

マーラー:交響曲第8番“千人の交響曲”
          ~大管弦楽、8人のソリスト、2つの混声合唱団と児童合唱団のための2部による~

【第1部:賛歌「来よ、創造主なる聖霊よ」】

①「来よ、創造主なる聖霊よ」(合唱 I / II)
②「たかき恵みをもってみたしたまえ」(ソプラノI、テノール、ソプラノII、コントラルトI/II、バリトン、バス;合唱 I/II)
③「われらが肉の弱きを」(合唱 II/I: ソプラノ I/II、コントラルト I/II、テノール、バス、バリトン)
④テンポ・プリモ(アレグロ、いくぶん性急に)
⑤「われらが肉の弱きを」(バス、テノール、コントラルト I/II、バリトン、ソプラノ I/II)
⑥「光もて五官を高め」(ソプラノI/II、コントラルトI/II、テノール、バリトン、バス、児童合唱、合唱I/II)
⑦「来よ、創造主なる聖霊よ」(ソプラノI/II、コントラルトI/II、テノール、バリトン、バス;合唱I/II、児童合唱)
⑧「主なる父に栄光あれ」(少年合唱:ソプラノI/II、コントラルトI/II、テノール:合唱I/II:バリトン、バス)

【第2部:ゲーテの「ファウスト」第2部からの終幕の場】

①ポコ・アダージョ
②ピウ・モッソ(アレグロ・モデラート)
③合唱とこだま:「森は揺らぎつつ来たり」(合唱 I / II)
④法悦の教父:「永遠の喜びの炎」(バリトン)
⑤黙想の教父:「岩壁の断崖が、私の足もとで」(バス)
⑥天使の合唱:「霊界の気高いひとりが悪から救われた」、祝福された少年たちの合唱:「うれしく手と手を」(合唱 I / II: ソプラノ、コントラルト: 児童合唱)
⑦若い天使たちの合唱:「手から授けられたあのバラの花が」(合唱 I: ソプラノ、コントラルト)
⑧完成された天使たち:「大地の残りの屑を担うのは」(合唱 II: ソプラノ、コントラルト、テノール: コントラルト・ソロ)
⑨若い天使たち:「岩の頂に霧のように」、マリア崇拝の博士:「ここは見晴らしが自由であり」、祝福された少年たちの合唱:「よろこんで私たちは」(合唱 I: ソプラノ、コントラルト: テノール: 児童合唱)
⑩マリア崇拝の博士:「世界を支配し給う最高の女王よ!」(テノール:合唱I/II)
⑪「触れることのできないあなたにも」(合唱 II / I)、贖罪の女たちとひとりの告白する女の合唱:「おん身は、永遠なる国のみ空にただよい行き給う」(合唱II:ソプラノ:ソプラノII)
⑫いと罪深き女:「パリサイ人のあざけりを受けながらも」、サマリアの女:「その昔、アブラハムが家畜を」、エジプトのマリア:「主がやすらい給うた」(ソプラノ I、コントラルト I / II)
⑬贖罪の女:「たぐいなきおん方、光あふれるおん方」(ソプラノ II)
⑭祝福された少年たち:「この人は僕たちよりも大きくなり」、贖罪の女:「気高い霊の群れにとりかこまれて」(児童合唱、合唱 II: ソプラノ: ソプラノ II)
⑮栄光の聖母:「さあ!いっそう高い天空へ昇って行きなさい!」(ソプラノIII)、マリア崇拝の博士:「悔いを知るすべての優しき人びとよ」(テノール: 合唱 II / I、児童合唱)
⑯神秘の合唱:「すべての無常のものは」(合唱 I/II:ソプラノI/II、コントラルトI/II、テノール、バリトン、バス:児童合唱)

指揮:ピエール・ブーレーズ

管弦楽:ベルリン国立歌劇場管弦楽団

独唱:トワイラ・ロビンソン(ソプラノⅠ:いと罪深き女)
    エリン・ウォール(ソプラノⅡ:贖罪の女)
    アドリアーネ・ケイロス(ソプラノⅢ:栄光の聖母)
       ミシェル・デヤング(アルトⅠ:サマリアの女)
        ジモーネ・シュレーダー(アルトⅡ:エジプトのマリア)
        ヨハン・ボタ(テノール:マリア崇拝の博士)
        ハンノ・ミューラー=ブラッハマン(バリトン:法悦の教父)
        ロバート・ホル(バス:瞑想の教父)

合唱:ベルリン国立歌劇場合唱団
    ベルリン放送合唱団
    カルヴ・アウレリウス少年合唱団

CD:ユニバーサル ミュージック UCCG52056~7 

 このCDの指揮者ピエール・ブーレーズ(1925年―2016年)は、フランス、ロワール県の出身で、第2次世界大戦後のフランスのクラシック音楽界で活躍した作曲家、指揮者、音楽教育家である。現代音楽界の重鎮にして、近現代音楽の最高の解釈者だった。高等学校では数学を専攻するが、やがて音楽の道に進む。パリ音楽院でオリヴィエ・メシアンに学び、40年代半ばから作曲活動を開始し、新鋭作曲家として注目を集める。1970年代にフランス国立の「IRCAM(音楽/音響の探究と調整の研究所)」を創設し、総裁を務め、フランスをはじめヨーロッパ現代音楽文化を統合するための活動を展開。1991年IRCAM所長を辞任した後も、積極的に演奏、作曲活動を展開した。主な作品には、「フルートとピアノのためのソナチネ」「ピアノ・ソナタ第1番」「デリーヴ」「メモリアル」「二重の影の対話」「カミングズは詩人である」などがある。指揮者としては、クリーヴランド管弦楽団音楽監督、BBC交響楽団首席指揮者、ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督、シカゴ交響楽団音楽監督などを歴任。主な受賞歴は、第1回「高松宮殿下記念世界文化賞」(1989年)、「ウルフ賞」芸術部門(2000年)、「グラミー賞」クラシック現代作品部門(2000年)、「グロマイヤー賞」作曲部門(2001年)、「京都賞」思想・芸術部門音楽分野(2009年)など。

 マーラー:交響曲第8番は、【第1部:賛歌「来よ、創造主なる聖霊よ」】と【第2部:ゲーテの「ファウスト」第2部からの終幕の場】の2部構成となっている。第2部では、ゲーテの戯曲「ファウスト」の第2部の終幕の場の台詞がオーケストラの伴奏で歌われる。ここに何故、突然ゲーテの「ファウスト」が登場するのであろうか。「ファウスト」をテーマとした作品は、マーラーのほかベートーヴェン、シューベルト、ワーグナー、リスト、シューマン、ベルリオーズ、ムソルグスキーなども書いており、如何に作曲家の関心が高い題材であることが窺える。ドイツを代表する文豪ゲーテの戯曲「ファウスト」は、第1部と第2部に分かれ、第1部発表から第2部の完成まで25年の間が空いており、全部で約60年の歳月を要したというゲーテ畢生の大作である。ファウスト博士、悪魔のメフィストフェレス、ファウストの恋人グレートヒェン、ギリシア神話の美女ヘーレナなどが登場し、繰り広げられる悲劇である。これらにより引き起こされる事件の一つ一つが、現代の我々が抱える課題を先取りして問題提起している所に、「ファウスト」が現在でも読み継がれている根幹がある。1789年に始まったフランス革命にもゲーテは辛辣な風刺を利かせる。ムソルグスキーが「ファウスト」をもとに作曲した「蚤の歌」では、宮廷社会批判と同時にフランス革命の危うさなどが歌われる。これらは、現在の世界が抱える政治のポピュリズム化に対する批判にも一脈通じるものだ。

 マーラーは、交響曲第8番の第1部で古代ギリシアに始る神に呼びかける歌である「賛歌」を取り上げ、そして第2部でゲーテの「ファウスト」を取り上げることによって、人類の掲げる理想の姿とその対極にある現実の危うさを、この交響曲においてさらけだす。この交響曲ついてマーラーは、「これは私がこれまでつくったもののうち最大のものです。宇宙が音を立てて、鳴り響き始めるさまをお考えになってください。これは、もはや人間の声ではなく、渦巻く惑星や恒星たちなのです」と述べている。これを裏付けるかのように、第1部:賛歌「来よ、創造主なる聖霊よ」は、宇宙が出現し、人類が生まれ、それらを創造した神に対する畏敬の念が込められている。ブーレーズ指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏は、安定感が限りなく良く、壮大な宇宙の開闢という壮大さに加え、厚い信仰心に支えられた深遠さを、よく表現できている。これに独唱と合唱とが加わることによって、相乗的に高められ、それらの効果が一挙にリスナーへ向けて解き放たれる。

 第2部:ゲーテの「ファウスト」第2部からの終幕の場では、ブーレーズ指揮シュターツカペレ・ベルリンの演奏は、リスナーへ語りかけるように演奏を進める。ここでも、その表現のスケールの大きさと荘重さとが際立つ演奏内容だ。ゲーテの戯曲「ファウスト」の悲劇の内容を噛みしめるように、そしてやがてすべてが浄化されていく様が、十二分に整理され、手に取るように分かりやすく、淡々と演奏される。そして、「すべて無常のものは影像にほかならぬ。および得ざるものがここに再現され、名状しがたきものがここに成しとげられた。永遠に女性的なものがわれらを引いて昇り行く」と歌われる最後の合唱「神秘の合唱」で終える。人間社会が抱える不条理性と信仰心との相克とが、ブーレーズの鮮やかな棒捌きで表現された、そう滅多に聴くことのできない類まれな名演に仕上がっている。(蔵 志津久)


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