<NHK-FM 「ベストオブクラシック」 レビュー>
- ショルティ生誕100年記念公演 -
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」から“序曲”
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・フアン」
モーツァルト:歌劇「魔笛」から“この神聖な殿堂には”
ヴェルディ:歌劇「椿姫」から“あなたは約束を守ってくれた~さようなら、過ぎ去った日よ”
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」から“お手をどうぞ”
マーラー:交響曲第5番から“第4楽章”
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
管弦楽:ワールド・オーケストラ・フォー・ピース
ソプラノ:アンジェラ・ゲオルギュー
バス:ルネ・パーペ
収録:2012年10月21日、アメリカ・シカゴ オーケストラ・ホール
提供:アメリカ公共ラジオ
放送:2013年3月18日(月) 午後7:30~午後9:10
これは、2012年10月21日、米国シカゴの「オーケストラ・ホール」で行われた「ショルティ生誕100年記念公演」の模様を録音したもので、指揮はワレリー・ゲルギエフ、管弦楽はワールド・オーケストラ・フォー・ピース、そしてソプラノ:アンジェラ・ゲオルギュー、バス:ルネ・パーペという演奏陣によって開催された。ショルティを知っているクラシック音楽ファンなら、何も説明はいらないだろうが、若いクラシック音楽ファンにとっては、ショルティの名前を聞いてもピンと来ないかもしれない。サー・ゲオルク・ショルティ(1912年―1997年)は、ハンガリー出身で、後に英国の国籍を持った指揮者兼ピアニストである。13歳の時から指揮者を目指し、1936年と翌年のザルツブルク音楽祭でトスカニーニの助手を務める。この出会い以来、ショルティは、トスカニーニに多くを学び、生涯敬愛の念を持ち続けることになる。1942年には、ジュネーブ国際コンクールのピアノ部門で優勝し、一旦はピアニストとしてデビュー。その後、1958年から始まったウィーン・フィルとの世界初の「ニーベルングの指環」全曲スタジオ録音で、指揮者としての実力を世界に知らしめることとなる。 1969年、シカゴ交響楽団の音楽監督に就任し、同楽団を世界一流のオーケストラに育て上げた。1972年、英国籍を得て帰化し、ナイトの称号を授与され、以後“サー・ゲオルク・ショルティ”の名前で親しまれた。
ショルティの指揮ぶりは、楽譜に忠実であり、端正な美しさに貫かれていた。スケールは大きく、ダイナミックな表現も充分であり、純粋に音楽を追求する聴衆からは、大きな支持を受けていた。しかし、日本での評価は、それほどではなかったように思う。それは、当時、日本の聴衆は、フルトヴェングラーのような耽美的なロマンの香りを好む傾向が強く、即物的な傾向を持つショルティには一定の距離感を持って聴いていたからかもしれない。このショルティの即物的指揮ぶりは、師のトスカニーニによるものとも考えられる。現在の聴衆は、どちらかと言えば、フルトヴェングラー的指揮よりトスカニーニ的指揮に親近感を抱くのではなかろうか。その意味から、今ショルティが生きていたら、日本の聴衆からも大きな支持が得られていたかもしれない。そして、そのショルティが、自ら結成したのが今回演奏しているオーケストラである「ワールド・オーケストラ・フォー・ピース」なのである。同楽団は、世界各国のオーケストラに所属する演奏家から編成されたもので、1995年にジュネーブで開催された「国連50周年記念演奏会」において初めてその演奏を披露した。ショルティ自身ユダヤ人として第二次世界大戦下を生き抜き、平和の尊さを痛感したことが、同楽団の結成の契機になったのであろう。
この「ワールド・オーケストラ・フォー・ピース」は、1997年のショルティ逝去後、今回の指揮者であるヴァレリー・ゲルギエフが指揮者を務めている。世界35カ国70のオーケストラに所属する総勢91名から構成され、主に平和を祈念する式典・行事の開催時のみ編成され演奏している。ヴァレリー・ゲルギエフ(1953年生まれ)は、ロシア出身の指揮者。レニングラード音楽院(現サンクトペテルブルク音楽院)で指揮法を学ぶ。同院在学中にカラヤン指揮者コンクール第2位、全ソ指揮者コンクール1位。1977年、キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)の指揮者となり、マリインスキー劇場を世界的な地位へと引き上げた。1996年には総裁に就任。以後、世界的な指揮者として、各国で活発な指揮活動を展開している。
それでは演奏を聴いてみよう。モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲は、実に優美に流れるような演奏に引き付けられる。少しも肩に力を入れずに、ごく自然に美しいメロディーが溢れ出す。次のリヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・フアン」は、「フィガロの結婚」序曲とはがらりと変わり、ゲルギエフの意志の強さを前面に打ち出したような演奏に終始し、この曲の持つ劇的な楽しさを存分に味わえる。この指揮者が、現在世界の一流指揮者として評価されている一端を覗かせるような、きりりと引き締まった指揮ぶりに共感が持てた。次のモーツァルト:歌劇「魔笛」、ヴェルディ:歌劇「椿姫」、モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」は、バス:ルネ・パーペとソプラノ:アンジェラ・ゲオルギューの申し分ない歌声を充分に楽しめた。ソプラノのアンジェラ・ゲオルギューは若き日、ショルティの指揮で歌ったというから「ショルティ生誕100年記念公演」を飾るに欠かせないソプラノであったのであろう。オーケストラ演奏の真ん中に、このようなオペラのアリアが入るのは、一息つけてなかなかいいものである。次のマーラー:交響曲第5番“第4楽章”は、最初のモーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲の演奏と同じように、誠に自然で、こんこんと湧き出すような美しいオーケストラの音色に、リスナーはもう身もとろけそうになる。ゲルギエフの陰に隠れた演出の巧みさに、ただただ敬服するしかない。そして最後のバルトーク:管弦楽のための協奏曲は、ここではまたしてもゲルギエフが前面に出て、オーケストラを牽引する様は、誠に見事。バルトークのオーケストレーションの巧みさを、ゲルギエフ&ワールド・オーケストラ・フォー・ピースは思う存分に聴かせてくれる。オーケストラの素晴らしさに、暫し酔いしれた。(蔵 志津久)