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以前であれば、川岸の補修や泥上げ、田圃の境杭の確認、農道の不陸補修や舗装を地区民総出で行っていました。
然しその後、田路はアスファルト舗装され、水路はコンクリートの三面張り、境界杭は調査士に依頼するなど、
農村にあっても社会資本整備が整えられ、田役・道つくり・水路の掃除の形態がすっかり様変わりしてきました。
農業従事者の多くが高齢化し、また機械化が進み一枚の田圃の面積も大型機械に合わせ拡大させていってます。
そして同時に農業を営む人口も減り続け、当地区でも専業農家は1件のみで、後は兼業農家であり勤め人ばかり。
当地に居を移して半世紀、そんな農村風景の変遷を見てきて感じたことは、日本人のだれもが高学歴を目指し、
誰も泥汚れやきつい労働に見向きもしなくなり、そのような仕事を他国依存する傾向になったように思います。
今日の田役・水路の掃除を見ていても、作業をする殆どが高齢者となり、若い世代の姿は見受けられなかった。
資源の乏しい近代日本にあって、農業は輸出入のバランスシートに組み込められ、先細りになっていくようです。