私は戦争に反対だ。出来うる限りの戦闘行為は避けるべきであると考える。
それを前提にして記載させて頂く。
世界とは何によって動いているか、ということを問えば、いまだ世界というものは戦争によって動いているということを言わざるを得ない。
「そんなバカな、日本は60年間戦争はしなかったでしょう? 」という方は落ち着いて欲しい。
確かに日本は1945年(昭和20年)8月15日に終戦を迎えて以来、戦闘行為を行っていない。だがそれを以ってして戦争というものが無くなったというのは早計だ。
十数年前、テレビに出ていた占い師が、年末の番組で来年を占うという特集の中で「来年は世界のどこかで戦争が起きます」と悲観的な占い結果を出していたが、世界のどこかで戦争が起きているのは当たり前である。バルカン、アフリカ、内戦、内紛、紛争の事例には事欠かない。
これは歴史的に俯瞰した場合の、人間社会における営みなのであって、人間社会の本質である。そこから目をそらしても何の解決にもならない。むしろそれをよりよく研究することによってその戦争の抑止が図られる。
さて、そのような人間社会の本質をして、その政策を組んでいる国がある。アメリカだ。アメリカは基本的に世界で戦争・紛争が起こることを前提として国際社会における政策を保持している。そんなバカな、と思われる方は、なぜアメリカの海軍艦隊が世界展開しているのかの理由を知らなければならない。
仮に海洋国家と海洋国家が戦争になった場合、勝敗を決する海洋地理上のポイントが存在する(海上輸送経路:シーレーン)。このシーレーンを守る為に艦隊が世界展開しているのである。
国家と国家がぶつかりあう、地理上における研究学問を地政学と呼ぶ。この地政学は戦時のみならず、平時にも稼動する。
ひとえにアメリカのみならず、世界各国の政治というものは基本的にそうしたことを前提にして動いており、「戦争は反対です、ですので武力放棄を前提に国政をしますね」などという稀有な国は存在しない。日本がそうじゃないか、という意見もあるだろうが、日本にも地政学を中心とした派閥が存在する。
尤も、全てが全てそうではなく、外務省などにおいてはそれが三つの派閥における一つの勢力であったようだ。
さて、日本人には戦争アレルギーがある。当然だ。あれだけの損害を出して、未だに語り継がれるのであるから戦争をしたくないのは誰しも一緒だろう。
それにもう一つ重要な要因がある。戦争をした対峙国の国民を傷つける。これも避けなければならないと考えている。
おかしなことであるが、世界において残虐無比と喧伝される日本人は、日本人自身と他国民を守る為に戦争を行いたくないという国民性を獲得するに至った。
これは時代の要請に合った日本人の特性の転換だったと言わなければならない。アメリカとの戦争は自衛の戦争であったのだ。
ピルグリム・ファーザーズが欧州からアメリカ大陸に移住した際、最初は先住者のネイティブ・アメリカンの軒下を借りていたが、次第に母屋を乗っ取り始め、「最終的には推定1000万人いたインディアンは白人の直接・間接虐殺により実に95%が死に絶えた」とされる。
こうしたアメリカ人と対峙するのに、何もしないという訳にはいかない、というのが道理である。
戦争したくはないが、負けたくもない、つまりどうすればいいのかというと、戦争をしなければいいのである。これは武力放棄によるものではない。
他国に戦争をしたら不利だと思わせる事前の根回しをしておいて戦争を回避する。
そうした国内世論の足固めをせねばならない。
ジョークに次のようなものがある。
アメリカ人の将軍
ドイツ人の将校
日本人の下士官と兵
これに政治家と新聞と国民を加えた時、日本はそのどれもに入らない。
今後の日本はこれらを強化する必要がある。
それは戦争に突っ込め、と言っている訳ではない。
政治的哲学的基礎体力を底上げせよということなのである。
そしてそれはITによってなされるのが望ましい。
それを前提にして記載させて頂く。
世界とは何によって動いているか、ということを問えば、いまだ世界というものは戦争によって動いているということを言わざるを得ない。
「そんなバカな、日本は60年間戦争はしなかったでしょう? 」という方は落ち着いて欲しい。
確かに日本は1945年(昭和20年)8月15日に終戦を迎えて以来、戦闘行為を行っていない。だがそれを以ってして戦争というものが無くなったというのは早計だ。
十数年前、テレビに出ていた占い師が、年末の番組で来年を占うという特集の中で「来年は世界のどこかで戦争が起きます」と悲観的な占い結果を出していたが、世界のどこかで戦争が起きているのは当たり前である。バルカン、アフリカ、内戦、内紛、紛争の事例には事欠かない。
これは歴史的に俯瞰した場合の、人間社会における営みなのであって、人間社会の本質である。そこから目をそらしても何の解決にもならない。むしろそれをよりよく研究することによってその戦争の抑止が図られる。
さて、そのような人間社会の本質をして、その政策を組んでいる国がある。アメリカだ。アメリカは基本的に世界で戦争・紛争が起こることを前提として国際社会における政策を保持している。そんなバカな、と思われる方は、なぜアメリカの海軍艦隊が世界展開しているのかの理由を知らなければならない。
仮に海洋国家と海洋国家が戦争になった場合、勝敗を決する海洋地理上のポイントが存在する(海上輸送経路:シーレーン)。このシーレーンを守る為に艦隊が世界展開しているのである。
国家と国家がぶつかりあう、地理上における研究学問を地政学と呼ぶ。この地政学は戦時のみならず、平時にも稼動する。
ひとえにアメリカのみならず、世界各国の政治というものは基本的にそうしたことを前提にして動いており、「戦争は反対です、ですので武力放棄を前提に国政をしますね」などという稀有な国は存在しない。日本がそうじゃないか、という意見もあるだろうが、日本にも地政学を中心とした派閥が存在する。
尤も、全てが全てそうではなく、外務省などにおいてはそれが三つの派閥における一つの勢力であったようだ。
さて、日本人には戦争アレルギーがある。当然だ。あれだけの損害を出して、未だに語り継がれるのであるから戦争をしたくないのは誰しも一緒だろう。
それにもう一つ重要な要因がある。戦争をした対峙国の国民を傷つける。これも避けなければならないと考えている。
おかしなことであるが、世界において残虐無比と喧伝される日本人は、日本人自身と他国民を守る為に戦争を行いたくないという国民性を獲得するに至った。
これは時代の要請に合った日本人の特性の転換だったと言わなければならない。アメリカとの戦争は自衛の戦争であったのだ。
ピルグリム・ファーザーズが欧州からアメリカ大陸に移住した際、最初は先住者のネイティブ・アメリカンの軒下を借りていたが、次第に母屋を乗っ取り始め、「最終的には推定1000万人いたインディアンは白人の直接・間接虐殺により実に95%が死に絶えた」とされる。
こうしたアメリカ人と対峙するのに、何もしないという訳にはいかない、というのが道理である。
戦争したくはないが、負けたくもない、つまりどうすればいいのかというと、戦争をしなければいいのである。これは武力放棄によるものではない。
他国に戦争をしたら不利だと思わせる事前の根回しをしておいて戦争を回避する。
そうした国内世論の足固めをせねばならない。
ジョークに次のようなものがある。
アメリカ人の将軍
ドイツ人の将校
日本人の下士官と兵
これに政治家と新聞と国民を加えた時、日本はそのどれもに入らない。
今後の日本はこれらを強化する必要がある。
それは戦争に突っ込め、と言っている訳ではない。
政治的哲学的基礎体力を底上げせよということなのである。
そしてそれはITによってなされるのが望ましい。