とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

魔王、褒められたのを必死に否定する

2020-07-12 03:45:08 | 最近の出来事
と言うことで、とある病気の抗体検査を受けに行って、その結果を7/11の9:30に聞いてきた。
元々私はこの種の病気の経験が無く、抗体が無いものだと思っていたのだが、血液検査の結果、抗体があることが判明。
いつの間にか病気になっていていつの間にか治っていたらしい。
この後、抗体が無い場合にはワクチン投与、と言う流れになったのだが、既に抗体があるのでその必要が無いという医師からの判断になった。

と言うことでこの件については一見落着。
この記事で書くのは、このクリニックでの余談である。
何とも無い日常風景だが少し丁寧に書きたい。

書類のA4の紙一枚でやり取りしていたのだが、それを書類が折れ曲がらないようにクリアファイルに入れ、更にそれが折れ曲がらないように、簡易の書類フォルダーに入れる形で自分の荷物にしまおうとした。

それが結構もたついた。
受付でもたついた様を他の人に見せては、こうしたことをやっている背景や理由を言って「すんません、こんな理由で・・・」みたいなことを言って、ちょっと釈明しようとした。
「書面が折れ曲がるのが嫌なのでこうしていまして・・・」と。
それを受付の看護婦さんが「まあ、そうなんですね」と応じてくれる。

そこで私が余計なことを言った。「結構こういう書面がよくあるんですよ」と。
「そうなんですか」と看護婦さんがこれまた応じる。
「今じゃキングファイルのパイプファイラーで7〜8個持っててそこでまとめているこう言う書面があって」と言った。
生活をする上で書面をそれだけやり取りするのは面倒で煩わしいですよね、と言う感じでの世間話のつもりだった。
それを看護婦さんは「まあ几帳面で・・・」とか「凄いですね」と言う風に褒めた。

これがいけない。私は必死に否定した。「いやいや、そんなことはない、絶対にないです。」と。

これは謙遜ではない。
自分は自慢した訳ではないし、むしろこれが出来ていない方が生活的に問題があるし、皆普通にそれくらいは整理しているだろう。

看護婦さん達ご自身は、社会での色々な人を対応しているからそういう褒め言葉が自然に出たのだと思う。
看護婦さんの言い方はまだいい。裏で何とも思わないからだ。

問題は、待合室で待っている他の患者さんたちだ。
もしここで「それができている俺は凄い」などという素振りをほんの僅かでも見せようものなら(まあありえないが)、日本での地域社会ではきつい印象だ。
「子供の使い程度にできていることを褒めたらそれにのぼせ上がった程度の低い人」と言う感じで、周囲の人から内心見下され、低い地位に置かれ、若干の知的障害を疑われる感じに見られ、ちょっと扱いに困る人と位置づけられ、距離を置くことになる。

看護婦さんの「褒め」は普通の所作営為だったが、しかし突然の「褒められ」は周囲からどう思われるのかという二次的反応と長期生活の面で考慮せねばならないので、こういう否定をしなければいけない。

また私自身の言い方にもちょっと問題があったのかもしれない。
「こんなことで苦労しますよね」的な世間話がいつの間にか自慢話の方向に捉えられていたのは問題だった。
日本社会においては自慢話を自分からする人間は低く見られる。
自分が本当に自身と自負のある実績があるのであれば、それらの実績は他人が勝手に言う。

私自身はそういう実績がない。よって自慢できるものも自負できるものもない。
それであるからこそ尚の事自慢風に捉えられるようなことを言わないように気をつけなければいけないように思う。

今回の記事はうまくまとまった文章にすることができなかった。
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