とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

道具はどこまで使うべきか

2013-11-23 12:03:37 | 日記
便利な道具の誕生と言うものは、人間の精神を堕落せしめうるものとして常に警戒されてきた。

例えば、古くはソクラテスは書き文字を否定した。書き文字は一つのツールであるが、話し言葉のように反論が許されないため、魂を形成するに当たっての生きている言葉ではなく、死んでいる言葉とみなしたためだ。

これは確かにそうで、道具に頼ると堕落する。
だが、その時代考証的結果はどうなっただろうか。
確かに道具に頼った結果、その個人はかなり磨かれる。油断しなくなる。
ただ、社会的繁栄はそれとは別だ。

貨幣が金貨や銀貨であった頃、スパルタでは堕落を防ぐ目的として鉄貨を用いた。しかしその結果は知る通りである。スパルタ人は勇猛として通したが、ペルシアに滅亡させられてしまった。

北朝鮮はWW2後、戦争路線を取った。日本は経済路線を取った。結果はどうであろうか。

道具というものは後々の社会を考えるに使えるものは使っておいた方が良いだろう、と私は判断する。

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