ボナさんの北海道の釣り三昧II(休養中)

投げ釣り主体に北海道の沿岸に出かけます。夏にはフナや鯉釣りも。

釣りの力

2012-03-31 11:16:13 | 釣り
31日は、術後初めての釣行予定。釣童さんはじめ若者3名との計画でした。天気予報で数日前から心配していましたが、低気圧の北上で30日夕方から後志地方に強風と波浪注意報、なだれ注意報もでて中止を30日夜遅く決めました。年度末の多忙な時、疲れも溜まっているだろうに釣行計画を立てて頂いた釣童さんはじめドライバーをかって出て頂いた医釣会の若者には感謝の気持ちで一杯です。釣行の準備をしている間に、お蔭さまで、例会に参加できる気がしてきました、釣りの力ですね。

春先のカレイとホッケ狙いの時期には、松前屋の「ゴロアミ」を使っていましたが、釣り具店のどこにも見当たらない。原料となる大きな沖アミは確か三陸沖のものと聞いていました。今回の震災で仕入れるルートなどの面で対応が遅れているのでしょう、そのうちに店頭に並ぶかもしれません。

ほっけとカレイの時期に、私は、冷凍の硬いままで釣り場に持参し、幌武意の防波堤では、まな板の上でカットしてネットに入れて集魚しホッケの入れ食いに会いました。松前の清部の砂浜では雪の降る中、50オーバーのアブが釣れてきました。室蘭では、アブの大物を揚げていますが、まだクロの大物を揚げていません。

先週は、しかし「ゴロアミ」の発売を待っている訳にも行かない心境でした。有り合わせで、「ゴロアミ」に真似て私なりに処方し混ぜ合わせました。スーパーアミ&ゴロという冷凍すれば松前屋さんのものと同じものがありましたが、液状なので、これをボウルにあけて、松前屋のイカゴロパウダーを混ぜ合わせ、ゆるいので更に国道留萌線に面した石狩新港出口角の商店から購入してあったエビ粉をまぶしました。右は適当に空気の入ったもの、左はビニール手袋でピタピタと液状化現象を造ったものの2種類のコマセを冷凍庫に貯蔵しました、どうなるのでしょうね。

久しぶりの日当直勤務

2012-03-30 12:10:31 | 釣り
29日午前中に回診し、ゆっくり昼食を摂って、午後から外来に出ると、回診していなかった別の病棟の看護師さんからいろいろとオーダーが入りだした。夜の当直の先生が見えるまで宜しくお願いします、と事務長から頼まれてはいたが、医師が誰もいない。

午前中は、外来にも病棟にも数人の医師がいたのだが、午後は私ひとりぼっちになっていたのだった。先日入院し体調を崩されていたがん患者は、大きな声を出せるように元気になって、胃ろうから流動食を摂取していたが、ヨーグルトを家族の介助で食べるところまでに回復していた。

咳や痰がひどく高熱が続く新規入院患者は、肺雑音があり尿量も低下し、浮腫もある。落ち着いたところで胸部写真とCTを撮ってみると、肺炎の他に大量の胸水が溜まっていた。抗菌薬の点滴と利尿薬に循環改善のためのテープを貼付した。

医師が入れ替わるというのを聞いて外来患者が少なかったので、入院患者にも余裕を持って対応できた。大学から当病院に初めての医師が、勤務が終わってから来てくれるという話だったが、医局で待っていると、急遽ピンチヒッターの当直の先生が現れた。兎に角、引き継ぎができて良かった。何年ぶりの日当直だろうか。帰宅後は、原稿の最後の詰め、釣りの準備はまだ何もしていなかった。


師と士

2012-03-29 13:03:49 | 釣り
3月末のいまどきの季節は、新旧の交代時期で職場も忙しい時を送っています。一昨年ヘルパーさんの介護福祉士希望者を集めて半年位受験のための講習会を持ちました。初年度に6名の合格者が出て、ほっとしていました。

勉強家で大丈夫ではないかと思っていた2人が二度目の受験で今日合格していました。笑顔をみて、心から嬉しく思いました。ケアに励む気持ちの張りは資格があると違うものです。国家資格には、介護福祉士、栄養士の「士」か、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師などの「師」がつきものます。士は、サムライ、師は先生を意味しますが、どのような理由で分けたんでしょうか。釣りの場合、釣り師であって釣り士ではありませんね、釣り師と呼べる方は少ないですけれど。

介護福祉士の仕事を5年以上経験すると、この次にはケアマネージャーの受験資格が得られます。医師をはじめ、看護師さんなど医療関係者と同等に携わることの出来る福祉の資格ですので、医療関係の法律をはじめこつこつとテーマを決めて学んで欲しいと思っています。

思えば、沢山の「士」や「師」の教育に関わりました。臨床検査技師学校の教務主任の仕事をしていた時期もあって臨床検査技師や看護師の教育にも携わりました。医学部の教官として医師国家試験用の教科書も書いていました。薬学部で薬剤師の養成にも関わりました。今、栄養士のキャリアアップに付き合って大学院の非常勤講師をしていますが、管理栄養士の国家試験の講習会の講師も数年つとめました。介護福祉士のほかに音楽療法士、言語聴覚療法士(ST)、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)の教育にも携わりました。

暖かい日差しが

2012-03-28 12:03:29 | 釣り
先ほど、6年制に合わせた薬学部の教科書のドラフトが上がりました。分担した部分が何とか週末までに間に合い、他の執筆者に迷惑をかけないで釣りに行けます。太陽の日差しが暖かく大学をリタイヤした時に頂いたランなどの花が芽をだしています。

私が何故薬学かの疑問があると思いますので少し説明します。医学部基礎の大学院を出た後、内科に戻って数年後、高血圧患者の診療をしていましたので循環器内科に移り、数年後、乞われて大学院の講師に戻りました。患者の受け持ちは外れましたが、外来診療は続けさせてもらいました。

基礎の研究室の講師、後に助教授で大学病院の外来診療をしていたのは当時では珍しい存在でした。大学院で強心薬の研究を指導して下さった恩師がリタイヤした先の薬学部で体調を崩され、薬学部に移りました。薬学教育に診療経験のある医師が必要という流れの中に入った訳です。

今、国立大学をはじめ、50以上になった日本の薬学部の殆どに診療経験のある医師が入っています。その先駆けの一人ですので、関わりは濃厚なのです。4年制から6年制になると志望者が減るのでは、と危惧されましたが、却って6年制になって専門職として評価されアメリカでも日本でも女性の就職希望職種のトップクラスに薬剤師が入っています。

待ちに待った薬学用語辞典

2012-03-27 13:16:03 | 釣り
のびのびになっていた「薬学用語辞典」がやっと発行され、出版社から送られてきた。基礎から臨床まで100名を越す執筆者の汗の結晶です。校正に校正を加え、更に他の分担執筆者との兼ね合いとか、ダブリの調整で編集者は大変だったと思う。

何度か、話題に出ている薬学部。最近4年制から6年制にかわった。医学の進歩、専門分化、医薬品の進歩などに加えて医療界のIT化が進んだ。基礎から臨床医学の知識まで幅広く薬剤師に求められる範囲が拡大した。4年制で教えられる範囲では他の医療職との議論に堂々と渡り合えるのか、ということもあった。

患者への薬の説明では、ベットサイドまで出向いて使用薬物と病気の話との関連も出てくる。抗がん剤や種々の製剤の調合、無菌化など要求はどんどん細部まで及んできた。はじめに造られたのは「薬学生のための医学知識」の筈であったが、急激に進歩する医療技術や新薬、副作用と薬ならびに生体の反応など、介護の用語も加わって知っておくべき新知識が目白押しとなり、薬学全体の用語を洗いなおして辞典になった。

素晴らしい内容で、薬学部の参考書の域を超えて研究室、薬局、病棟や外来などでも使える辞典であると太鼓判を押したい。私の執筆部分について協力していただいた薬学部の先生方に送ってお礼にしたい。医釣会の準会員は薬学出身者が多いので彼らにも、今後読んで貰いたい内容になった。大きさは写真のように丁度手頃で座右の書になると思う。

火事場の馬鹿力

2012-03-26 16:57:40 | 釣り
火事場の馬鹿力というのは、人間切羽詰まると予想外の力を発揮する、というものです。学術集会の論文要旨を書く時も、締切ぎりぎりに追い詰められるとデーターの分析力や、論旨が素晴らしい展開を示すものです。

BSの夜遅いテレビを見ていると、ドキュメンタリーだったんですが、安井かずみが作詞で、名フレーズが出てくるのは、締切間際だと言ってました。彼女は、肺がんで余命1年だったんですが、火事場の馬鹿力というのは、誰でも経験している現象でしょう。がんが正体を見せる場面は身につまされました。

日本の大学に初めて出来た循環器内科、3つの内科から集まった寄り合い所帯でしたが、最初にCCUよりもICUの色彩の強い病室担当の医師団の一員に加わり、アメリカ帰りの優秀な医師をキャップに多くの修羅場を経験させて頂きました。医療機器の不十分な中、皆が火事場の馬鹿力を発揮し出身医局のしがらみを超えて一人一人の生命と闘っていました。

いま、4年制から6年制になり臨床医学に強い薬剤師を育てる為の薬学部の教科書の大改訂という重い仕事が与えられました。30数名による分担執筆ですが不整脈の治療という難しいテーマに初版本を一緒に書いた後輩と、術後、何度も原稿のやり取りをしています。分厚い不整脈治療のガイドラインとも照合しています。締切1週間前となって火事場の馬鹿力とその後の釣行というモチベーションに期待しています。


今年初の釣行目指して

2012-03-25 10:57:38 | 釣り
春が近づいたかと思えば雪が降る。しかし、これもいつもの春先のパターンですよね。ブログのバックのテンプレートを暖かそうなのに模様替えしました。北海道・道央の釣り情報を発信されている写楽さんの200万ヒットを祝ってリンクさせて頂きました。

ブックマークは50ケの制限がありますので、磯谷のライブカメラを外しました。代わって写楽さんのHPで沢山のライブカメラを利用できます。昨日、小雨の中、「河井塾の釣り大会」の案内を頂き、事務局長のHT中さんが顔を出しているのでは、と半年振りにHS江釣り具を訪れました。私にとって、術後の釣りバスの遠征は最初から遠方の熊石海岸では不安ですので、寿都辺りが妥当かなと思っておりました。

岸壁に24時間開放のトイレもあり、時化てもできる、雨が降ったなら屋根付き船着き場もある。ここの主のようなHT中さんと並んで釣りができそうと考えておりました。あいにくHT中さんは、IS山の釣りバスで道南遠征のようでした。

太いイソメを予約しておりました。釣童さんと31日に予定している積丹への釣行の準備にかかりました。味の素を万遍無くまぶし、昨年封を切った塩えび粉をタップリかけ、いつもはペット用シートに広げて塩イソメを造るのですが、今回は手術の際に購入し残っていたおむつを有効利用しました。小樽への車通勤次いで今月31日に積丹と距離を伸ばし、寿都、島牧と自信をつけて行くのが仲間に迷惑を掛けない釣りだと考えております。
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大丈夫?

2012-03-24 11:07:13 | 釣り
昨年秋、釣魚連盟の全道大会が羽幌であった時に、私の顔をみるなり「顔色がよくないけど、大丈夫?」と3ちゃんが、気遣ってくれました。医釣会の10月の例会では、静内入船漁港から国道へ出る長いダラダラ道を一緒に歩いた魚遊さんは、私の異常に気付き「大丈夫?」と、私が釣った鮭の入ったバッカンを載せたキャリーを引いてくれました。

昨日2人の医師の送別会の席で、私が術後5キロも体重が増えたことを話していたところ、私の前に座っていた外来の看護師さんが「先生が夏なのに真っ白な顔をして、こわそうなそぶりだった。悪い病気に・・と思ったけれど、気の毒で声が掛けられなかった」、横にいた薬剤師さんも「そうよ、みな気遣っていたの、今日はこんなに元気になったから思い切って言うは、どうしてそんなに太ったの?」

帰宅後、その話をすると、カミさんは「子供達は、顔色が悪いから、大丈夫かな、と心配で離れられなかったのよ」と、そのあとに「本当に今は、どんどん太って」「動きなさい、コンビニにも車で行くし、歩きなさい」「だいたい、家の中で動かないで、3度の食事のほかに、牛乳、ヤクルト、ヨーグルト、トマトジュースに滋養のビスケットなど摂ってカロリーは大変なアップよ」ここをせんどと「太ってあたりまえよ」と、こごとが続きました。昨年4月には60キロでしたので、太ったという意識はありません。

日記を確かめました。昨年11月の手術日の朝は54キロ。12月初旬、退院して家でゴロゴロ中は55キロ、抗がん剤を1クール受け退院した1月初旬56キロ。中旬から小樽に半日勤務し始めて57キロを維持。2月になって術前の勤務体制になって58キロ台、そして3月59キロに達しました。2人の同病の知り合いから腸のことを考えて下剤をのんでいると体重がなかなか増えない。という話を聞いていました。3ケ月かけて昨年12月に出ていた1日6錠の下剤をヨーグルト、牛乳、食物繊維を増やし、通じの自信とともに、3錠、2錠から1錠に減量しても便秘にならないところまでもってきました。栄養分の吸収が良くなったんだろうと思っています、しかし、動かなくちゃだめですね。


小医、中医、大医

2012-03-23 11:37:06 | 釣り
医師の技量について、小医は病を治し、中医は人を癒し、大医は国を癒す、と言われますが、医師である自分が、がんになった時には、病を治すことが医師にできるのかという疑問や不安をさえ持ちました。果たして手術台の上から生きて帰って来れるのだろうか、と悩みました。

手術室まで歩いて行って、手術台に登り「膝を抱えて横向きになって下さい」と言われたのは聞こえていましたが、次には「無事終わりました、全部取りきりましたよ、それ1,2,3」という声でICUのベットに横たえられました。この間は、全く覚えておりません。がん患者のように切羽詰まった環境に置かれると、がんが切除されることしか初めに考えていません。無事生還して欲が出て、お願いだから転移がないことを、と祈りました。

心配顔で覗きこむカミさんや家族の顔を見て涙が流れ、有り難う、助かった、と心から手を合わせたのは、少し余裕が出て来たあとでした。麻酔の際、背中に鎮痛薬の管が入らなかったために、痛みと苦しみが半端でなく、自分の身体のことしか考えておりませんでした。術後、血便が続き「大丈夫か、再手術になるのか」と考えておろおろしていた時に、ベテランの先生が「これは、縫合した部位に溜まっていた血なんだから、もう少し続くけれど、きちんと縫ったから心配いらないよ」と慰めてくれました。不安がすっきりしました。これは、中医の言葉に相当しました。

元気になったのを知って同期のN君が見舞いに訪れました。今、あちらの大学病院に入院している釣り友ともメール交換していたけれど、われわれは最先端の医療を受けている。北海道の隅々まで同じ医療が受けられる環境に早くなって欲しい。というと、彼は、道内の各地に道庁と連携しながら、拠点病院造りを始めた。健康保険で受ける診療に不公平が有ってはいけない、と思っていると答えてくれました。彼は今、北海道医師会の会長をしています。大医になっていくのでしょう。
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小樽まで車通勤開始

2012-03-22 22:21:42 | 釣り
彼岸も過ぎたので今日から車通勤を開始しました。だんだんと日常生活に戻ってきた実感があります。いつも乗っていた高速バスが、私の前を走っていましたが、銭函のバス停に停車したときに追い越しました。運河通りのわき道や歩道の一部はまだ凍っているところもありました。

外気は寒くインフルは下火になってきましたが、風邪に胃腸症状を示す方が増えています。昼になって外気温が上がって、小樽の朝の小雪はミゾレから小雨になりました。坂道の凍った道路は、つるつるになり、ころんで濡れ鼠のようになる方もおられます。国道5号線札樽道などになだれが起きないことを願ってます。

車通勤のメリットの一つは、自由な時間を持てることです。仕事帰りに寄り道をし釣り場の見物もできます。上等な釣りエサを購入し、釣り情報を仕入れることも出来、南樽市場などのおいしいものを売っている店に寄ることができるのも楽しみです。たまには、グルメのお店探索もしてみたいと思っています。

異動の時期です。今日はすし屋通り(写真)のお寿司屋さんで職場の内輪の送別会です。私がこの職場に勤めてから3年目ですが、法人も替わり、数人がかわりました。3名の新人が入りますが、同期の3名は残っております。スタッフはほとんど残りますので、何とかなっていくでしょう。小樽から白石まで友人を送って今日私の車は活躍してくれました。お休みなさい。