2004年9月、首里にて
おそろしいほど湿度が高く暑い日が続く。
何をするというわけでもないのに、毎日汗まみれ。
この猛烈な暑さは、ともかくもやり過ごすしかない…ようだ。
先週の“フリーダ・カーロの遺品” に引き続き、今週は“戦場ぬ止み” を見た。
“標的の村” に続く三上智恵さんの作品である。
オキナワも、ヒロシマ・ナガサキも、フクシマも、その土地に暮らす人々だけの問題ではない。
安保法案のゆくえを案ずる一方で、具体的な動きにつながらない自分に苛立つ。
残念ながら、地域による温度差は明らかだ。
これらの問題が見えてきにくい環境にある者の一人として
意識的に沖縄の基地問題にも目を向けていたいと思うのだが…。
目下夏休み中の Kaiapua は、明日から九州方面へ出かけるという。
長崎では、竹田信平さん(“ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード” 監督)による展示 “アンチモニュメント” へ行くとのこと。
居残る私は、せめて明日 “沖縄 うりずんの雨” を見に東中野まで出かけることにしよう。
2004年9月20日、沖縄国際大学にて撮影。
この場所に米軍ヘリが墜落したのは同年8月13日のことだった。
この年の9月、Kaiapua と私は、宮古島・那覇・玉城村(現在は南城市)に
それぞれ3泊の旅を敢行した。
その折に宜野湾市を訪れ、佐喜眞美術館で『沖縄戦の図』を見た後、
沖国大での抗議集会に参加したのだった。
“お蔵入り” になっていた写真を11年ぶりに公開できたのは
暴走政治のなせるワザなのか。。。