「謎の古代中国・神仙文明」という北周一郎氏著の「学研ムーブックス」も面白かったです。
北氏は、蓬莱山や崑崙山という中国のユートピアの地は、空想ではなく、かつて実在した、仙人たちの作り上げた仙人たちの古代文明の地だったという仮説をもって、長江文明について考えています。
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(引用ここから)
仙人は蓬莱山に住む「太古民族」であるともいう。
仙人が「太古民族」であるならば、どんなに修行をしたところで「現代民族」であるわれわれが仙人になれるわけはない。
実はこの矛盾にこそ、仙人の謎を解く鍵が含まれているのである。
仙人になるための秘薬については、4世紀に書かれた「抱朴子」に詳しく紹介されている。
しかし、秘薬の製法が書かれていても、現実に秘薬を調合することはほとんど不可能だったようだ。
秘薬の調合に関わる知識はまさに「失われた太古の叡智」だったのだ。
「抱朴子」に記載された調合法は、けっして実用新案ではない。
また仙人をめざして秘薬の調合に励んだ人々も、何か新しいものを生み出そうとして努力したのではなく、太古の成功事例を再現すべく努力したのである。
かつて「仙人」と呼ばれる人々がいた。
だから仙人になる方法を復活させることによって、彼らと同等の存在になろうという発想なのである。
仙人に関する古い記録を読んでいると、仙人という存在には二つの興味深い特徴があることに気づく。
一つは仙人が「異形のもの」であるということ。
「神仙伝」によれば、「仙人は頭に異骨生じ、体に奇毛あり」という。
実は仙人は毛むくじゃらだったというのである。
もう一つは仙人が「外なる世界のもの」であるということだ。
仙人は俗人として最後を迎えたときに、われわれの住む「内なる世界」から飛び出し、仙人のみが住む「外なる世界」へと移行してしまうのである。
中国が中国文明の圏外つまり、「外なる世界」を未開地域として蔑むのは、中国文明が高度な発達を遂げてからのことである。
文明の黎明期の中国では、外なる世界は、侮蔑の対象ではなく恐怖の対象であった。
外なる世界とは人間以外の領域、魑魅魍魎の跋扈する領域として恐れられていたのだ。
近年、長江流域の三星堆遺跡の発掘によって、はからずも「山海経」が注目を集めることになった。
というのは、三星堆から出土した奇怪な青銅器群の中に、「山海経」に描かれた怪物をかたどったものが数多く見出されたからである。
仙人は“外なる世界の異形のもの”という点では、「山海経」に描かれた怪物たちと似たような存在である。
仙人も想像上の怪物と解釈されてもおかしくない。
にも関わらず、仙人については数千年にわたって大真面目に論じられ、仙人をめざして修行に励む人々が続出した。
これはどういうことなのか?
仙人は外なる世界のものであり、異形のものであったが、古代中国人はこれを魑魅魍魎として恐れもしなければ、野獣同然の蛮族として軽蔑もしなかった。
それどころか、完全に羨望の対象としていた。
仙人=「太古民族」の築き上げた文明が、古代中国人の築き上げた文明のお手本だったのならば、それも当然のことだ。
(引用ここまで)
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