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小説「フォワイエ・ポウ」7章(第39回掲載)

2006-06-20 16:16:30 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
Duch Beer from wikipedia

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              7章
                           著:ジョージ青木

   1(転換期)―(2)

翌日の早い時間、出勤前の木村栄が顔を出した。
しかも彼女ひとりの来店である。
「いらっしゃい、さかえさん。おひさしぶりですね、お元気でしたか?」
「本田さん、いや、マスター、お久しぶりです。私このごろあまり元気ない。この月曜日から昨日まで3日間、お店休んだの。今日も店に出たくないなあ~・・・」
タバコを取り出し、吹かし始めた。
「珍しいな、さかえさんがタバコを吸うなんて・・・」
以前から木村栄がタバコをやっていることは本田には分かっていたから、特に驚きはしなかった。
「ところでさ、本田さん。いや、マスター」
「さかえさん、マスターと呼ぶのは止めてくれないかな。さかえさんからマスターって呼ばれると、どうもしっくり来ない。おたくの店、サンチョパンザのタコ・マスターみたいじゃないか。なんだか嫌味(いやみ)に聞こえるよな~」
「本田さん、そんなことない。うちのマスター、本田さんの大フアンです。ですから、あまりタコ呼ばわりしないで。だってかわいそうじゃない・・・」
「なんだ、タコ呼ばわりはさかえさんから習ったのだから、私のオリジナルじゃないよ」
「・・・」
本田との会話のやり取りに対し、木村栄は声を出さずに笑って聞いている。
「ま、冗談だ、本気にしないで、冗談だよ!私だってもちろん彼を尊敬しているよ。いろいろとよく勉強しているし、私だって彼から業界のことたくさん教わっているし・・・」
あえて冗談めいた本田の話しを聞いていた木村栄は、ようやくリラックスした気分になった。
「あの~、実は、今日は、ちょっと教えてほしいのです。お尋ねしたいことがあるの、昨夜の事で・・・」
「昨日の事?」
「はい、昨夜夜遅く、サンチョパンザのお客さんと一緒に、美智子さんが来たでしょう」
「ウム、そういえば、店を閉めようかと思っていたら、なんだか電話がかかってきた。バイト生が電話をとったので、内容はよく分からなかった。でも、それから2人連れで、誰か来た・・・」
「本田さん、もう忘れたの。美智子よ、開店祝いで最初に連れてきた子、あの子ですよ。山本美智子がうちのお客を連れてきたの・・・」
「え~、そうだったのか。ぜんぜん覚えてないよ、山本美智子という名前すら忘れていた。それは山本美智子さんとやらに、たいへん失礼したな・・・」
「そうだろうと思いました。そこが、本田さんらしいんですよね。若い女性のお客さんに対して、全く意識がないの。商売気もないし、特に女性客を無視しているのだから」
「そうかなあ~」
「まあ、そんなことだろうと思っていました・・・」
「いや、名前思い出せなくて、たいへん失礼しました。でも、それ以外に、なにか私が粗相でもしたのか? それはないと思うが・・・」
「いいえ、フォワイエ・ポウ側の粗相なんて、全くありません。それとは別に、いや少し関連してますけど、私の話があるの・・・」
木村栄がここまで話したとき、にわかに3階の通路が賑やかになり、数秒も経たないうちに店のドアが開いた。
「こんばんは! マスターお久しぶりです。ちょうど10人ですが、奥のボックス使っていいですか? 空いていますか?」
入り口のドアを半開きにし、眼鏡ばかりが目立つ小さな顔をドアに突っ込んだままJGBの栗田係長が声を出す。
「あ~、栗田さんお久しぶりです、空いてますとも!どうぞお入りください。さ、どうぞどうそ」
「皆さん、空いてますって。よかったな~ 空いていて良かった!
サア~ みんな入った入った・・・」
あいかわらず、栗田の機嫌は今夜もすこぶる良いのである。
顔ぶれは、ほとんど女性。五反田と歌姫の檜木田に加え、なんと今日は太田君が加わっている。
「栗田係長、みなさん、水割りでよろしいですか?」
「はい、水割りでOK、マスター任せです!」
「了解です!」
木村栄の話を聞こうとしていた本田が、にわかに忙しくなったのを見ていた木村栄が、小声で本田に声をかけた。
「ちょっと、私、すこしマスターのお手伝いしましょう。水割りのセット、私が運びますから、マスターはカウンターの上にグラス、それからアイスペール。そう、先に、おしぼり! そう、本田さんはチーズクラッカーセットの用意だけに集中しておいてください。あとはご心配なく。お運び、私が全部やってしまいます・・」
本田に指図するための口が忙しく動くが、身体も動いている。通常、忙しくしゃべるとしゃべっている間の身体は止まるものである。が、木村栄の場合は身体も止まらない。
「ごめんね、さかえさん、では遠慮なくおねがいします!」
さすが、木村栄の手際は良かった。みるみるうちに、しかもスマートに、自然に、本田自身がセットするよりも数倍の速さで最初の手順を立ち上げた。
(さすがだ! さすがに違う。やはり、さかえさんはプロなのだ!)
(水割り作るの、なんと、こうも早いのか!決してもたつかない。そして、動作が、所作がきれいだ!)
木村栄の立ち居振る舞いを一部始終観察していた本田は、なぜかうれしくなった。が、しかし、本田の感謝の気持ちを木村栄に伝える時間がなかった。10人の団体客は、すぐさまカラオケを歌い始めた。予約に次ぐ予約、カラオケの予約はすでに30曲になっていたのに本田は気が付かなかった。客からのリクエストは木村栄が受けつけているし、メモを整理しながらカラオケの操作までこなしているのだ。
「さかえさん、どうもありがとう。助かったよ。こんなときに限ってバイトの連中のシフトが噛み合わないんだよな・・・」
本田は声をかけた。
「そうか、私、実はわたし、今日フォワイエ・ポウに入ってきた時、それを心配していたの。だれか、バイトの学生さんがドタキャンでもしたんじゃないか、今日になって急にバイト生が休んでしまったのかも、なんて・・・」
「違う違う、今から来ますよ。今日は遅番で組んでしまった。8時半からの勤務になってるからね。でも、ここまで手伝ってもらったら、もう大丈夫・・・」
「それをお聞きして安心しました。もうすぐ8時、私は今から店に入ります」
「あ~ そうなんだ、申し訳ない、さかえさん・・・」
「いえ、大丈夫、タコのマスター知ってるから、私がフォワイエ・ポウによってくること知ってますから心配ないの・・・」
「ありがとう、マスターに宜しく!」
「・・・」
「そうだ、さかえさん、貴方の話したい事、なに? そうか、もう聞く時間がないよな、どうしよう?」
「いや、大丈夫です。今夜、店がはねてから、もう一度フォワイエ・ポウに来ますから、その時に・・・」
「なんだって、今夜、もう一度来る?」
「はい、来てはいけませんか?」
「もう一度今夜、ここに来るのだね? 必ず?」
「はい」
「了解。その時にしっかりと聞かせて頂きましょう」
「マスター、お会計して下さい」
生ビールを2杯飲んでいた木村栄は、律儀にもお金を払おうとした。それを本田は断った。
「いいよ、さかえさん。バイト料だ。逆に私のほうが貴方にお金払わなければならなくなった。とにかく、受け取れません。さあ早く行った行った、早く出て!いいから、早くお店に出ないと・・・」
「ありがとうございます。あ~ 今から店に出るの、気が進まない。でもしかたないから店に出るか」
「なにをぶつくさ言ってんだ。フォワイエ・ポウを手伝う元気があるのに、本職の方はやる気が起きないの?可笑しいな~」
「・・・」
一旦明るくなり、元気にフォワイエ・ポウを手伝っていた木村栄は、いざ自分の勤務先への出勤となると、また元気がなくなっていた。
「もういちど元気出して、行ってらっしゃい!」
「わかりました。元気出します。いまからお勤めに行ってきます。それで、仕事終わったら、今夜、必ずもういちどお酒のみに来ますからね・・・」
「かしこまりました、さかえさま」
「・・・」
「とにかく行ってらっしゃい・・」
「・・・」
「そして今夜は、さかえお嬢さまのために特別にお夜食などをご用意し、必ず、お待ち申し上げております」
「・・・」
うつむき加減、顔を下に向けたまま、いささか照れた感じの木村栄は、自分から本田には何も返事をせず、フォワイエ・ポウを出て行く。
本田は木村栄に対し、いかにも真面目そうな表情で、このセリフをしゃべった。
自分としては単なるジョークのつもりで、わざと馬鹿丁寧に対応した本田の言葉は、嫌味のないセリフとして彼女の耳に届いた。ジョーク、軽い冗談のつもりで喋ったセリフが、木村栄にはジョークになる一歩手前の爽快さとなって、彼女の心に届いていた。
本田の店を出た。サンチョパンザに向かう道中は、今夜も彼女にとって十分に考える時間があった。店に向かって歩きながら、何度も本田のセリフを思い出し、自分が同じセリフを繰り返し喋ってみた。
本田のセリフを言われた対象、つまりそのセリフを受けた自分自身をふり返ってみたら、やはり可笑しくなった。考えれば、図らずも本田から、あたかも中世の貴婦人に対する言葉を受けた。こんな言葉がスムーズに出てくるのは、本田らしくない。いや、本田らしい対応なのかもしれない。
思いがけない本田のセリフを思い出しながら歩いていたら、木村栄は訳もなく可笑しくなった。むしょうに笑いたくなってきた。ジョークになっていないセリフは、木村栄を微笑ませ始めた。本田のセリフを自分で繰り返せば繰り返すほど、彼女の気分は爽快になり、一両日にわたって鬱蒼としていた気分は転換し、気分よく足が動く。いつのまにか1人で笑いながら、木村栄は夜の繁華街を歩いていた。1人で笑いながらも、周囲の他人の視線は全く気にならなくなっていた。

      <・続く・・>

(小説フォワイエ・ポウ既掲載分、ならびに前号確認などは、こちらから参照可能です)

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