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ロシア下院選挙―NHK・石川解説委員

2011-12-15 12:43:16 | 国際
「ロシアの下院議会選挙でプーチン氏が党首を務める与党統一ロシアが、得票率50%に達せず、前回よりも得票率で14%以上、支持を減らしました。

 議席を獲得するには7%以上の得票が必要など大政党に有利な選挙制度のために議会の議席の過半数は維持したものの、来年三月の大統領選挙に立候補するプーチン首相にとって初めての選挙での敗北と言えます。

 今夜はなぜロシア国民がプーチン首相と与党に厳しい判断を下したのか、考えてみます。

 選挙結果はご覧の表のとおりで、与党統一ロシアは得票率、議席数とも大幅に減らしました。議席数では辛くも過半数を維持しましたが、この選挙結果をさらに詳しく見てみますと、与党にとってより深刻な事態が起きていることが分かります。

 首都モスクワでは50%を切り46%、さらにプーチン首相とメドベージェフ大統領の故郷で地盤であるべきサンクトペテルブルクでは32%にとどまりました。

 次に中部ヨーロッパの農村地帯、そしてウラルシベリアの工業地帯、さらに極東でも統一ロシアは大幅に得票率を減らし、場合によってはロシア共産党に第一党を奪われた地域もあります。

それでも統一ロシアが全体で得票率50%近くを維持したのは、タタルスタン、チェチェン、ダゲスタンなど地域の指導者の行政的な管理が効きやすい民族共和国で80%から90%という大量得票をしたからです。

この大量得票が無ければ議席においても過半数を維持することは難しかったでしょう。

 このことはロシア人の多い典型的なロシアでは統一ロシアは敗北を喫し、プーチン首相の権威が大きく揺らいだことを意味しています。

次にプーチン首相の権威を大きく揺るがしているのは、選挙の正当性です。

 前回統一ロシアが得票率64%を超える得票を獲得しました。前回の選挙結果については、一部に不正があったのではないのかという疑問が出されましたが、選挙結果と民意の間に大きな差はないという点では大方の見方は一致していました。

 今回の選挙結果については野党から統一ロシアに有利なように票の操作がされたという深刻な疑念が出されています。
一つは民族共和国での大量得票です。

 もう一つは投票数を与党有利に操作した疑いです。


 たとえばモスクワでは社会調査研究所の出口調査では統一ロシアに投票したと答えた人は27%しかいなかったのに選管の発表は46%でした。投票所で票が上積みされたとの告発が野党や民間の選挙監視団体から出されています。

 こうした選挙にかんする疑念が多数出されること自体、政権与党とプーチン首相の権威を大きく揺るがすものです。

 今回の選挙結果をどのように見ればよいのでしょうか。


 野党では共産党、左派の公正ロシア、右翼の自民党がそれぞれ得票率を大幅に伸ばしました。

 それぞれの政党の支持が伸びたというよりもプーチン首相と統一ロシアに対する批判票、権力の独占に対する抗議票が野党に流れたと見た方が良いでしょう。

 反プーチン、反統一ロシアで大きな役割を果たしたのがロシアでもインターネットであり、ソーシャルメディアです。
インターネットでは統一ロシアを「ペテン師と泥棒の政党」と名付けるビデオクリップが流され大きな反響を呼びました。


 「選挙に参加して、どの政党でもよいから統一ロシア以外の政党に投票しよう。
統一ロシアはペテン師と泥棒の政党だ」
「統一ロシアはペテン師と泥棒の政党」という刺激的なコピーは流行語にさえなりました。

 なぜこのような単純な反プーチン、反統一ロシアのキャンペーンが国民の間に広まったのでしょうか。

 今ロシアではプーチン氏の個人的な友人、かつての治安機関での友人や柔道仲間、そして別荘の隣組などからこの10年の間に石油やガス産業に進出して急速に富を集積した新たな財閥が生まれています。

 かつてプーチン氏はエリツィン時代に形成された財閥ベレゾフスキー氏やホダルコフスキー氏を叩き潰すことで財閥と戦い平等を実現する指導者というイメージを獲得しました。

 しかし今やプーチン氏とその周辺が、ベレゾフスキー氏らが夢見た政治権力と富の独占というプロジェクトを実現しようとしているのです。こうしたプーチン閥の形成を痛烈に風刺したのが「統一ロシアはペテン師と泥棒の政党」というコピーだったのです。


 政権与党に対して反感を増やしたのは指導者二人による密室での権力移譲です。

 今年9月プーチン首相とメドベージェフ大統領が国民や統一ロシアの党員にさえ諮ることなく次の大統領選挙にはプーチン首相が立候補し、新たなプーチン大統領のもとでメドベージェフ氏が首相となることを発表しました。

 密室での二人の合意は権力のたらい回しとして国民に受け止められました。またこれまでメドベージェフ氏は比較的リベラルな層の支持を集め、プーチン氏は保守的な愛国主義的な層の固い支持がありました。双頭体制を維持することでリベラル層から保守層まで幅広い支持を集めることに成功してきました。

 しかし密室で将来の権力構造を決めたことで、メドベージェフ氏に期待したリベラル層は決定的に双頭体制や統一ロシアを見限りました。こうしたリベラル層が離反したことも統一ロシアの支持減少につながりました。モスクワやサンクトペテルブルクでは、リベラルな傾向の有権者が棄権ではなく、自分の信条とは正反対の共産党や自民党に投票するということが多数見られました。

 今回の選挙結果は権力を引き続き独占しようとするプーチン首相と統一ロシアに対して強い抗議の意思が示されたと見るべきでしょう。
 
 ロシアの下院議会選挙は次の年の大統領選挙の前哨戦と位置づけられています。プーチン首相は統一ロシア公認の候補者として大統領選挙に立候補します。今回の選挙結果が来年3月の大統領選挙にどのような影響を与えるのでしょうか。

 ロシアの大統領選挙は議会に議席を持つ政党の推薦か200万人の有権者の署名を集めれば立候補できます。 

 そして第一回目の投票で当選するためには50%を超える票の獲得が必要で、誰も50%獲得できなかった場合、上位二人の候補者が決選投票を行います。

 プーチン首相は2004年の選挙では71%を超える圧倒的な得票を獲得して当選しました。こうした圧勝劇の再現は可能なのでしょうか。確かにプーチン首相に有利なのは、対立候補は共産党のジュガーノフ氏や自民党のジリノフスキー氏やリベラル派のヤブリンスキー氏など90年代からの古い政治家と予想されていることです。有力な対立候補が無い中でプーチン首相が再び第一回投票で圧勝するとの見方も出ています。

 私は、9月にプーチン首相が大統領選挙立候補を決めた後、なかなか議会選挙も大統領選挙も難しくなるのではないかと述べました。今の時点で、三月の大統領選挙で、場合によってはプーチン首相が第一回の投票で50%を超えない可能性もあると見ています。

 なぜなら今回の投票結果は、プーチン体制そのものに対する批判票であるからです。

 おそらく反プーチン勢力は、今回と同様、「選挙に参加して、プーチン氏以外の候補者に投票しよう」と呼びかけるでしょう。今からでは署名集めが間に合わず可能性は少ないと見られていますが、もしも国民によく知られた若手政治家や実業家は「刷新」を掲げて立候補した場合、思わぬ支持を集める可能性もあるでしょう。

 今回の選挙結果を総括すれば、「プーチン氏はロシア国民のナショナルリーダー・国民的指導者であるという」プーチン神話が終わったと言えます。私は繰り返し述べていることですがロシアの歴史におけるプーチン氏の役割は90年代の政治経済社会の混乱を克服したことです。革命の時代に対する反動・安定の時代を築いた政治家と言えます。

 しかし今や時代の要求は異なります。ロシアにおいても中流階層が拡大し、インターネットやソーシャルメディアの利用者は増え続けています。安定を基盤としつつも、変化と発展を国民は求めています。

 2000年代と同様の「管理された民主主義」を続けようとしていることにプーチン首相が今の時代の要求と流れを読み間違えているといえるでしょう。

 はたして三月の大統領選挙でロシア国民はどのような審判を下すのか、私のそのプロセスと結果に注目しています。

(石川一洋 解説委員)」


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