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韓国の政治構造/大西裕「歴代大統領における『理念』と『実利』」より

2016-02-23 16:43:24 | アジア
 大西裕氏は神戸大学の教授であり、『先進国・韓国の憂鬱』(中興新書)でサントリー学芸賞を受賞した気鋭の研究者である。

 その彼が『中央公論』の2016年3月号、つまり最新号に「歴代大統領における『理念』と『実利』」という6頁の論考を寄せている(44-49頁)。そこでは慰安婦問題に関する日韓の合意に関する彼の見解が示されているのだが、この合意がうまくいかないのではないかという懸念が、韓国政治の仕組みの説明とともに展開されている。おかげで合意が抱える問題点はもとより、韓国政治のあり方が実に理解しやすくなっている。つまり私たち日本人にわかりにくい韓国政治 - 例えば昔締結された日韓条約をひっくり返すようなことがなぜ公式に提起されるのか - といったことが、きちんと説明されているのである。以下その点に関わる部分を引用を交えつつ紹介したい(もちろん一番いいのは近くの図書館で中央公論を手に取ることですが)。

 大西氏はまず初めに「韓国の政治自体に二つの懸念を持っている。一つは大統領の当事者能力で、もう一つは韓国政治の理念志向である。」と述べている。

 そして大統領の当事者能力に関しては、次の3点を指摘している。まず第1点。大統領が任期5年の1期限りであり、それに対して議員は4年サイクルで再選可能なことから、与党議員さえ大統領と対立することがあり得ることを指摘している。つまり大統領は自らの権力基盤からの支持を得ることさえ容易ではないのである。

 第2点は「合意を法案化するには野党の賛成も必要だということ」である。法案を議会で通すため、というよりまず議会に出すためには、与野党間で対立のある議案の場合は在籍議員の5分の3の賛成が必要となっている(2012年成立の国会先進化法)。大西氏は「これは事実上野党に拒否権を与えたものであり、結果として朴菫恵政権下での法案成立率は三十%台に低迷している』(45頁)と書いている。

 そして第三点として韓国の政治権力のあり方そのものの問題がある。大西によれば「韓国の憲法体制は憲法機関(国会、大統領、憲法裁判所等)間対立を基本としており、大統領と国会が合意して実施した政策であっても憲法裁判所を初めとする司法機関によって覆される可能性がある」(45頁)。しかもその場合憲法裁判所は日本の最高裁判所と異なって - こちらはこちらで行政への従属という大問題がある - 「司法積極主義をとっている」(45頁)。つまり日本なら行政による統治行為として司法判断の対象とならないものが、韓国では違憲法令審査権を積極的に行使して行政等の決定を覆すことがあり、それは例えばノ・ムヒョン政権のときの首都移転法等に実際に見られることだという。そしてこれは「外交交渉の絡む案件についても同様」(46頁)だとされる。

 ちなみにこのような政治の特徴は韓国だけに固有のものではないという。司法積極主義はドイツ等で採用された現代型憲法にはよくある現象であり、「政治の司法化」として世界的な傾向だという(49頁)。

 そこで大西は慰安婦合意を決着させるためには政府レベルを超えた韓国内での政治的合意が必要だと指摘するが、それがまた容易ではないとする。そこで問題になるのが「韓国政治の理念志向」ということである。

 韓国政治では、保守派と進歩派の対立が厳しく、対立軸はアメリカと北朝鮮だとされる。保守派はアメリカを中心とする経済秩序と安保秩序に立ち、進歩派は現在の秩序が半島の南北分断を固定化し民族の自主性を損なっているとして現状批判的だとされる。

 この理念対立が経済格差拡大や、対日世論と交錯して、実用主義的な政治判断を困難にする傾向・実例があるという。こうなってくると日韓両国政府の間の合意、それも文書なき合意がこの問題の最終決着になるかどうかはかなり怪しいと言わざるを得ないだろう。朴政権が世論を納得させ得るか、次の政権に引き継げるか、問題は多いといえるし、大西氏自身もそのように書いている(49頁参照)。

 私としては、この合意の行く末もさることながら、行政優位で三権分立が形骸化している日本政治にとって、むしろ韓国政治のあり方が参照さるべき存在なのではないかという気がする。皆さんはどのようにお考えだろうか。


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