白夜の炎

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陳光誠続報・遠藤誉さんによる記事

2012-05-15 17:29:57 | アジア
「陳光誠氏の甥が「故意殺人」容疑で逮捕される  地方政府は弁護士の登録を受け付けず

遠藤 誉

 2012年5月9日、盲目の人権活動家・陳光誠氏の甥である陳克貴氏が逮捕された。

 フランスのAFP通信北京支局など、多くの海外メディアが11日に伝えた。その中の一つである『陽光時務』(ISUN AFFAIRS)は逮捕通知書のコピーをはっきりと掲載している。

 陽光時務によれば、陳克貴氏の母親である任宗挙氏が、陳克貴氏の妻・劉芳氏宛てに出された逮捕通知書を受け取ったという。逮捕通知書を発行したのは山東省沂南縣公安局。逮捕状の番号は「沂南刑捕通字[2012]00230號」。そこには「陳克貴は故意の殺人罪により,沂南縣檢察院の批准の下に、2012年5月9日9時、当局が逮捕した。現在は沂南縣看守所に拘留している」と書かれている。この時、数人の公安局員が母親・任宗舉氏の家にいきなり入ってきて、「ここに署名せよ」と言った。彼女は識字できないので、そこに何が書いてあるか分からなかったという。おまけに、公安は4月30日2時には陳克貴氏を逮捕し連行していた。

 というのは、公安は、年間7億円以上もかけ、7重、8重ほどの厳重な包囲網を敷いて、陳光誠を見張ってきた。その公安が、陳光誠がいないことに気が付いたのは4月27日の早朝のこと。陳光誠が軟禁されていた自宅を抜け出したのは4月22日だと、実際に救助した支援者の話を通して、「アメリカ対華援助協会」の責任者(会長:傳希秋)が述べている。

 AFP通信が、北京朝暘医院にいる陳光誠と電話連絡をし、陳光誠から直接聞いた話を伝えている。その内容を筆者は“swissinfo.ch”の中文ウェブサイトで確認した。それによれば、陳光誠は次のように述べている。

 「(4月27日の早朝)私を探すために10人ほどの公安が突然家に入ってきた。だが、私がいない。そこで彼らは(家にいる人たちを)殴り始めた。陳克貴の頭の上に棒が降りかかってきたので、彼は包丁でそれを避けた。自己防衛にしたにすぎない」と主張している。

 『陽光時務』は、この時の様子を、「公安が殴りこんできて陳克貴と母親を殴ったので、反撃をした」と述べている。

 いずれにしてもこの時、1人の地方共産党幹部が重傷、2人が軽傷を負った。だから陳克貴氏は「故意の殺人」として逮捕されたのだという。

 陳克貴逮捕に関する情報の特徴は、中国政府が完全には封鎖してないことだ。例えば中国で最もよく使われている検索サイト百度(Baidu)で「陳克貴案件」(案件:中国語では訴訟事件、裁判事件の意味)と入力すると約1万項目ほどが表示される。実際にクリックしてみると既に削除されているものが多い。それでも、ここまで情報を公開している点は注目すべきだろう。

1週間伏せって、監視を欺く

 世界中が疑問に思っているのは、「陳光誠は、どのようにして厳重な包囲網を抜け出したのか」だろう。監視カメラがあり、7億円もかけて大勢の公安が監視している自宅を、「目の不自由な者が抜け出すことが可能なのか」。

 筆者もその疑問を持っている一人だ。「何か」がないと、「あり得ない」と思うのが普通だろう。
前回書いたように、中国大陸で結成されている「陳光誠を救援する会」という人権保護団体の何培蓉(か・ばいよう)などの2人が助けた。と言っても、彼らが家の中に入れるわけではない。包囲網は隣村まで、何重にもわたって形成されている。

 そこで筆者は、この一点に絞って、情報を追跡してみた。
 すると、思いもよらない情報にぶつかった。
 それは『自由亜州電台(自由アジア・ラジオ)』(Radio Free Asia)に載っていた情報だ。著者は曹長青。

 それによればこうだ(長文なので、要旨のみを書く)。

 陳光誠は脱出を図る何週間も前から、床に伏したまま、びくとも動かなかった。したがって海外メディアは一時期、陳光誠の命が危ない状態にある、という情報を流していた。
 ところが4月19日の夜、看守が水を汲みに行った隙に陳光誠は逃げ出した。
 (「アメリカ対華援助協会」の責任者は)逃げ出したのは4月22日だと言っていたが、実際は4月19日であった。当局を混乱させるために4月22日と言ったのだと何培蓉が言っている。
 では、戻ってきた看守は「陳光誠がいない」ことに気が付かなかったのだろうか? そこにこの脱出劇の謎を解くカギがある。
 陳光誠が逃げたのと同時に、その甥っ子である陳克貴が、身代わりとなって陳光誠のベッドに潜り込んだのだ。陳光誠は看守の目をごまかすために、ここ何週間か、ずっと臥せっていた。だから看守は陳光誠が寝ているものと思った。
 奇跡の逃亡の第1関門を、自由アジア・ラジオはこのように書いている。

第2の関門には二つの説

 その後の逃亡劇に関しては二つの説がある。
 一つは、陳光誠氏はこの村に関して知り尽くしているので、友達の家まで逃げ込み、友人から何培蓉に連絡してもらったという情報だ(自由アジア・ラジオ)。南京市で英語の教員をしている何培蓉は、そのとき偶然北京にいたという。

 もう一つは、何培蓉が速達配達員に扮装し、もう一人の救助者である郭玉閃が電気料金の集金屋に化けて包囲網を潜り抜けて陳光誠が住む村に近づいたという説だ。これは雲南省の弁護士である晨光齋(しん・こうさい)氏が書いている。驚くべきは、この情報が中国大陸の「百度」(baidu)上にあることだ。

 おまけに弁護士・晨光齋氏の情報には、陳光誠の逃亡路に関する詳細な図が添えられている。

 いずれにしても、第2の関門に関しては二つの説があるので、そこには触れないことにしよう。陳光誠氏自身も、彼を救助してくれた人たちの身の安全を守るために、今は明確には言わないのだと、多くのメディアの電話取材に答えている。

陳光誠の逃亡を助けたことで逮捕されたのであれば…

 筆者がいま関心を持っているのは、第1の関門だ。
 フランスのAFP通信は、陳克貴氏の弁護士が「4月27日の明け方に殴打事件があった」と述べていると報道した。
 陳光誠氏自身が電話取材で語った言葉を含めて、多くの情報を総合すると、今般逮捕された陳克貴氏が、陳光誠逃亡・第1関門のキーパーソンであることだけは確かだろう。そうでない限り、これだけ厳重な警備の中、目の不自由な人が、軟禁されている自宅から監視に気づかれないように逃げ出せることはあり得ない。

 したがって陳克貴氏は、「故意殺人」容疑ではなく、実質上は「陳光誠の逃亡を助け、公安当局を騙した」という罪で逮捕されているものと筆者には思われる。だとすれば、当局はなかなか陳克貴氏を離さないだろう。

 VOA(Voice of America)は5月7日の時点で、陳光誠氏が「どうか陳克貴を守ってくれ」と世界に呼びかけていることを伝えている。「より多くの友が、より多くのメディアが、そしてより多くの中国のネットユーザーが、この極度の不公平と、“黒を白と言いくるめる”本末転倒の事件に関心を持ってほしい」。

 「陳克貴事件をもし地方政府が審理したら、そこの政法は無法なので、公正な審理は絶対に行われない。今日(5月7日)、(中国)中央政府が国家信訪局接待司の郭副局長を(病院に)派遣してきたので、陳克貴の事情を話した。この中央政府官員は、ありのままを上に報告すると言ってくれた」(信訪局:投書、陳述を通して民衆の意見を取り上げる部局)

 VOAは、陳光誠氏を電話取材したときのやりとり、その肉声を公開している。そのURLを示す。

山東省地方政府は陳克貴氏の弁護士を受け入れず

 中共中央は5月初旬に、すでに調査組を組織して山東省の地方政府の実態調査に入ったことを明らかにしている。しかし事態は楽観を許さない。

 2012年5月12日付のRFI(Groupe Radio France Internationale)は、陳克貴氏の弁護士が当局から妨害を受けていることを伝えている 。

 その記事によれば、山東省の弁護士・劉衛国氏が陳克貴氏の弁護士として届け出ようとしたら、当局が「受理しない」と言ったという。

 劉衛国氏以外にも、広東省の陳武権・弁護士など13人が、陳克貴氏の弁護を申し出たそうだが、すべて「受理しない」と当局に断られているという。弁護士たちは「公安が陳家に押し入ったのだから、故意殺人は成り立たない」として、正当防衛を主張しようとしている。

 陳光誠氏は、アメリカ大使館に入ったあと、山東省政府の「報復」を早くから恐れ、警告し、その危機感をメディアに対して発信し続けてきた。それが的中したわけだ。

陳光誠氏は甥の正当防衛を主張

 中共中央の調査組が現地に入ってもなお、山東省政府の当局が弁護士の受け付けさえ許さないとすれば、中共中央政法委員会の信用は失墜するだろう。

 中国の刑法第20条には正当防衛に関する規定がある。
 「国家あるいは公共の利益のために、本人または他人の人身や財産及びその他の権利が不法な侵害を受けたときには、それを制止する方法が不法侵害でなく、不法侵害をした人に損害を与えない限り、正当防衛とみなし、刑事責任を負わない」となっている。ただし、この「制止行為」は不法侵害が進行している間に行われたものでなければならない。また侵害を受けてない第三者が実行した「制止」でないことが条件となっている。

 陳光誠氏は、「公安が、棒が折れるほど陳克貴を殴ったこと」と「母親を殴ったこと」に対して、正当防衛であると主張している。また、陳氏は電話取材してきた多くのメディアに次のように訴えている――傷を負った公安局員が死亡したわけではない。したがって中国の刑法が規定する正当防衛の範囲内である。

 陳光誠氏は、兄に本を読んでもらって、それを記憶する形で中国の法律を学んだという。その聡明さに感服する。

 アメリカやフランスのメディアだけでなく、日本のメディアも陳光誠氏の期待に応えて、陳克貴氏の行方を見守ってほしい。この記事が、その一端を担えれば幸いである。」


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