歌わない時間

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アガサ・クリスティー『秘密機関』

2012年01月22日 | 本とか雑誌とか
クリスティー/嵯峨静江訳『秘密機関』(ハヤカワ文庫)読了。この作は、以前、一ノ瀬直二訳の創元推理文庫(訳題『秘密組織』)で読んだことがあるはずですが、やっぱり筋は忘れ果てていましたねえ。ただしトミーとタッペンス(嵯峨訳では「タペンス」)の冒険物語であることはもちろん憶えていたし、コーヒー店でたまたまタッペンスが耳にした名前が、お話を先に進めるきっかけになることも、憶えていた。とにかく、面白かった。この前の『殺人は容易だ』よりもこの『秘密機関』のほうがだいぶうまく書けています。

解説にも触れられていたけれど、労働党やアイルランドの独立運動が無邪気に負のイメージでとらえられていて、びっくりしました。そのていどに、クリスティという人は保守的な空気のなかで暮らしていたんですね。

わたしは創元推理文庫のクリスティが好きだったので、創元版がつぎつぎ巷間から消えていったのが残念でたまらない。創元推理文庫のクリスティは、訳文はやや古めかしい面もあったかもしれないけれど、それがまた現代の古典たるクリスティによく合っていた。こんど読んだハヤカワの嵯峨さんという人のは新訳で、あっさりと読みやすい。過去の誤訳も正されているのかもしれない。しかし、原著が出た1922年、第1次大戦後のころの英国の時代の雰囲気を移すことには関心が払われていない。