クーン最後の日

　ゲイルが大学生に振り付けた作品を観に行きたくて、体力テストは一番の１２時４０分に開始しました。握力に左右差があったようで気になります。
　ゲイルのヴィクトリア朝な作品は衣装と髪型とがとても合っていて、動きや光も素敵でした。私もまた踊りたくなってきました。

　一回目のショーはたくさんの小さなハプニングがありました。
　下に置いたスカートの一部がブーツに入っていたようで、引きずって連れてきてしまったり、ケイジに耳を寄せるとこめかみに止めてあるヘアピンが網に引っ掛かり、ピンが曲がって横に飛び出したり、こめかみから下がっている髪の毛がいつもより長く、また、洗ったばかりなのでふわふわで、目のあたりに纏わりついて視界を遮られたり…。よくぞここまで邪魔をしてくれる、と思うくらい、いろいろなことが起きました。
　二回目のショーはクーンの最後のショーでした。彼の赤い車に自転車を乗せて送ってもらったり、彼の家に招待してくれたり、分かりやすい英語で親切にいろいろなことを話してくれたり…、本当にたくさん助けてもらいました。スレイヴケイジで捕らわれているときは、もっといろいろなことを考えて、今日が最後の日という現実も見えてきて、涙が出てきました。
　そして、最後のお辞儀の時、彼は、ケイジに乗って回る怖い場面を演じているアレグリア兄弟の衣装を着て出てきたのです。二人の真ん中に立ってお辞儀をしました。

　ショーの後、クーンとヴェンサンのお別れパーティがありました。少し遅めに到着するとパブにはたくさんの人が集まっていました。ここのパブは珍しく、会話を叫ばないとできないほど音量が大きくはなく、少し煙たくはありましたが、私にしては長い時間心地よく居られて、別れを惜しむことができました。
　クーンと写真を撮り、ハグをして、ヴェンサンともハグをして、いよいよそこを去ろうとした時、彼が「ヘイ、ノリコ。」と呼びとめました。
「僕は毎回ショーの始まる時に、ノリコを見ながらショーに臨む氣をもらっていたんだ。ありがとう。一緒に仕事ができて良かったよ。」と。私の目は涙で溢れました。そして、こういう仲間がどんどんと減っていることを改めて感じました。