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本当に短い人生だったと感じる。あの、NTV「エンタの神様」で一世を風靡した´スケバン恐子´のキャラで大人気だった桜塚やっくんが、交通事故死したとの訃報が飛び込んできた。びっくりな上に、本当に残念と言う思いが強い。
男が女の格好した芸風は多くあるが、大概は見るに堪えないものが多い。しかし、桜塚やっくんのスケバン芸風は結構見れた。しかも、自分自身で書く漫画がうまかった。こんな芸風の人は、かつていなかったし、常にその時の即興のアドリブと会場との交流によって、面白い流れにして見せた。実にエンターティナーだと感じた。しかも、音楽もできるという、多芸。
こんな人が、あっけなく亡くなってしまったことが、本当に残念である。多くの芸人から弔意が寄せられている。
<記事>
桜塚やっくんこと斎藤恭央さんが5日に交通事故で亡くなったことを受け、2005年まで「あばれヌンチャク」としてコンビを組んでいた声優の竹内幸輔が7日、自身のツイッターで元相方との思い出をつづった。
「今日はちょっとだけ冷静になれて現実と向き合えたので今の思いを言います」と切り出した竹内は、「恭央とは19年間一緒にいました。あばれヌンチャクはたった5年の短い活動期間でしたが、コンビ結成前も解散後もお互い刺激し合って高めあえる最高の仲間でありライバルであり親友でした」と37歳の若さで亡くなった元相方について言及。
出会いやコンビ結成のきっかけを振り返る中で、自身が声優のオーディションに合格し、声優業に楽しみを見いだすようになった当時について触れた竹内は、「恭央にあばれヌンチャクと声優、どっちが大事なんだよ!!って彼女みたいなこと言われました。嬉しかった」とコンビ愛あふれるエピソードを披露した。
また、解散を決めた際についても「新宿駅で恭央と最後の別れの握手をした後にお互い泣いちゃって、本当に気持ち悪いけど抱き合って、泣きながら5分ぐらいお互いの体をまさぐりあってました」と明かすなど、仲の良さをうかがわせている。
一方でコンビ解散後、“スケバン恐子”としてブレイクしたやっくんをひがんだこともあったというが、「そんな心が狭い俺を、恭央は単独ライブの時いつもVIP席に呼んでくれました」と彼の優しさを明かし、最後は「以上です。オチはないです。オチつけないと恭央に怒られそうだけど。2人でまたコントしたい」と今は亡き元相方への思いと共に締めくくった。
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