開田保育所から長岡公園に引っ越したゾウの滑り台 2017年06月30日 | □ 長岡京市の公園(ハマ坊) 平成29年6月30日(金) 「アッ!長岡公園の遊具がゾウの滑り台になっているヨ ハマ坊」 「このゾウに見おぼえないか? アッくんさんのオッサン」 「え?どっかで見たような・・・」 「開田保育所やガナ~ 古くて危なくなった木製滑り台の代りに 引っ越してきたンや! ナアヒャヒャヒャ」 「そうだったンだ~ハマ坊は 公園のこと よく知ってるね」 「えっへん! ゾウだけに 鼻が長い ナアヒャヒャヒャ」 「鼻が高い。。。ですけど?」 つづく (昔の木製滑り台はこちら!) ≪アッくんの長岡京新聞》
賤ケ獄(岡田秀文) 2017年06月29日 | □ 長岡京市ゆかりの本(ヨモギさん) 平成29年6月29日(木) 小説家になりたいヨモギさんは色んな仕事を掛けもちしてる・・・ 「ハ・いそがしっ ハ・いそがしっ」 「アッ!ヨモギさん 長岡京市ゆかりの本を見つけたの?」 「うん!岡田秀文さんの『賤ケ獄』だ 登場するシーンはココ ここにいたり、明智軍は総崩れとなった。 伊勢貞興、御牧景重ら明智方の有力武将が前線を支え、ついに討取られる間に光秀は勝龍寺城へ引き下がった。 ・・・こうして秀吉は勝利を決定付けるとともに、明智光秀を追い詰めるべく、旗下の兵をもって勝龍寺城を囲んだ。 勝龍寺城には二千ほどの兵が戦場より逃げ戻っていた。 しかし、日が暮れ落ち、篠つく雨が帳となって夜の闇をいっそう深くすると、前途を悲観して城から逃亡する兵が相次いだ。 光秀もここに拠ってさらに秀吉軍と一戦を交えるのは難しいと判断し、深夜、わずかな供回りだけを連れて城を脱出した。 とある。」 「逃亡できたのは雨だったからなんだ」 「さらに・・・ 天王山の頂に堂々たる三重の天守閣を構える城の姿を目の当たりにした時はおどろいた。 天守閣ばかりでない。天王山の山腹を削り、いくつもの段々に重なった曲輪が、複雑に入り組み、建造物の白木の匂いこそ初々しいが、万の軍勢で寄せても小揺るぎもしない、一山全体が難攻不落の大城郭のよそおいであった。 とある。」 「あれ?勝龍寺城って天王山にあった?」 「記述は山崎城の話だ 光秀を討った秀吉が天王山に設けた城なんだ」 「そういうことか~」 「サッ! あじさいの世話をしないと!」 「いったい・・・ 何の仕事を掛け持ちしてるの?」 つづく ≪アッくんの長岡京新聞》
ビワの実落ちた(川をたどれば湯谷川編) 2017年06月28日 | □ 長岡京市の川をたどれば(クロマツ補佐) 平成29年6月28日(水) クロマツ補佐とアッくんは ロボットに振り回されて 湯谷川をたどっている 「アッ!実がたくさん落ちてますよ クロマツ補佐」 「びわの実だナ 多分 鳥のつまみ食いで落ちたンだろう アッくん」 「そうなんだ~ ビワは食べられるの」 「もちろん ビワ酒はうまいぞ」 「そーなの~ッ お疲レシピ ビワ酒のんでベロベロ~」 「。。。」 つづく (ゆっこママのギャグより 写真の場所はココです!) ≪アッくんの長岡京新聞》
ケーキハウスシェココ長岡店のマグカップケーキ 2017年06月27日 | □ 長岡京市のグルメを取材 平成29年6月27日(火) 「ワ!おもしろいケーキね! サンゴ」 「でしょ?マグカップに入ったケーキよ イチねぇ」 「ケーキハウスシェココ長岡店?」 「ランリックさんの隣よ」 「食べたあと・・・このマグカップで お茶にしよ!」 (場所はシェ・・・ココ) 《アッくんの長岡京新聞》
ママレモンと一文銭の交差点照明 2017年06月26日 | □ 西国街道をゆく(ママレモン) 平成29年6月26日(月) ママレモンとシイくんは 様々なアイテムを使って 西国街道を長岡京市に向かって旅している・・・ 「アッ!あの丸いの・・・一文銭じゃない? シイくん」 「周りの景観に配慮して道路照明柱にデザインしてあるンだよ お母さん」 「一文橋は 一文払わないと渡れなかったから?」 「そうだよ」 「じゃあ あの一文銭を使いましょ!」 タリラン! アイテムに『一文銭』を追加した! 「取ってはダメです!」 タリラン! アイテムの『一文銭』を返した! 「何をしてるか・・・」 (アイテム:『マップ』・『原種』・『ドーム』・『三町』・『肖像』・『7』) つづく (写真の場所はココです!) ≪アッくんの長岡京新聞》
長岡公園のアジサイたちのひとりごと 2017年06月25日 | □ 長岡京市の花と木(ハナノキさん) 平成29年6月25日(日) ハナノキさんは 小声で口をパクパクさせた 花語を使うようだ・・・ 「せっかく”長岡京あじさいまつり”なのに雨です」 「昨日まで晴れとったのに はあ?やで」 「雨はつづくようです」 「えー それはないヤロ!」 「すみません」 「いいよぉ~(吉本新喜劇の水玉れっぷう隊アキ風に)」 「・・・写真 とります」 カシャ! ハナノキさんは 長岡公園のアジサイたちの写真をライブラリーに加えたのであった。。。 つづく アッくんの長岡京新聞》
こ-長岡京市公共交通に関する条例(平成25年条例第26号)の巻 2017年06月24日 | □ 長岡京市の条例(ホウノキさん) 平成29年6月24日(土) 長岡京市の条例を学ぶため 毎日 長岡京市立図書館に通ってるホウノキさん 今日は 長岡京市公共交通に関する条例 に決闘を挑んだ 「申し訳ないけど 今回はわたくしが 条例の中身をすべて把握するワ! この条例は 公共交通のことについて決めてあるのね 条例の前文に解釈のことが書いてあるワ 『公共交通が市民の暮らしを支え、市民が将来にわたって住みつづけるため必要不可欠であることを認識し、安心・安全で健康な環境負荷の少ない持続可能なまちづくりを進めるため、この条例を制定するものである』 これで ほぼほぼぉ~理解できるけど 第1条に条例の目的が記載してある で 市長が公共交通の施策を実施するのは『地域公共交通ビジョン』が必要って書いてあるのね。 ビジョンをつくるには『長岡京市地域公共交通会議』の意見を聴かなければならない ことになっている そもそもぉ~ビジョンって何? 将来像・未来像・・・ メガネじゃないンだ そういえばこの前 アゼリア通りの踏切で渋滞中の西山短期大学のバスと かしこ暮らしっくのバスを見たワ 関係ないか・・・ ふわぁ~計算していると眠たくなるワ・・・ あらあらかしこ」 ホウノキさんは今回も睡魔に完敗した(把握できない)のであった・・・ つづく (長岡京市の例規集はこちら!) ≪アッくんの長岡京新聞》
長岡京交番の移転 2017年06月23日 | □ 長岡京市のまちづくりを取材 平成29年6月23日(金) 「長岡京市役所前の長岡京交番は今より30m東に移転するの? イチョウくん」 「はい。開田郵便局前の南北の道路を拡幅するためです アッくんさん」 「どれぐらい広がるの?」 「今より2~3m広がるそうです だから交番を移転しなければならないンです」 「ふ~ん。ところで長岡京交番はいつ出来たの?」 「1990年と新聞に出てたから27年前」 「そんなになるンだ~」 「新しい交番は新庁舎の真ん前です」 「交番(≒後番)が前番になるのね」 「。。。」 つづく アッくんの長岡京新聞》
花と火の帝 下(隆慶一郎) 2017年06月22日 | □ 長岡京市ゆかりの本(ヨモギさん) 平成29年6月22日(木) 小説家になりたいヨモギさんは色んな仕事を掛けもちしてる・・・ 「ハ・いそがしっ ハ・いそがしっ」 「アッ!ヨモギさん 長岡京市ゆかりの本を見つけたの?」 「うん!隆慶一郎さんの『花と火の帝』の下巻だ」 「上巻のつづき?」 「そう! まずは上巻 『古今伝授』は『古今集』の秘儀の伝授の意であるが・・・日本学というべきものだった そうで 関ケ原合戦当時、『古今伝授』を保持していたのが、細川幽斎ただ一人だったことは間違いないようだ。 幽斎はこれを八条宮智仁親王に伝授することになっていたらしい。 それがこの合戦で無に帰そうとしたのである。 とある」 「八条が池の八条宮ですね」 「そう。 で下巻 登場するシーンはココ 後水尾天皇は八条宮智仁親王、並びに中院通勝から細川幽斎より伝わった『古今伝授』をさずけられ、そこに御自分の御意見を加えられ、いわゆる『御所伝授』を完成されたお方である。 後水尾天皇の『御所伝授』に至って、その内容が単なる古今集の解釈にとどまらず、神道と結合して、いわば日本学の如きものになったと云われる。 これによって後水尾天皇は『古今伝授』の総元締の如き地位を獲得され・・・ 『古今伝授』は完全に皇室のものと化するのである。 とある。」 「長岡京市出てきませんが・・・」 「フフッ 実は細川幽斎さんが『古今伝授』を授かった場所は勝竜寺城と言われいる」 「へぇーそうなんだ」 「で 細川幽斎さんが京都御所で八条宮智仁親王に『古今伝授』を授けたンだけど 智忠親王が授かった場所の建物を 長岡天満宮の境内に移築したンだ で 明治になって その建物はさらに熊本県水前寺公園へ移築されていく」 「『古今伝授』は『建物伝授』になったと!」 「。。。」 つづく ≪アッくんの長岡京新聞》
河陽が丘一丁目から二丁目へ行く橋と階段その2(川をたどれば湯谷川編) 2017年06月21日 | □ 長岡京市の川をたどれば(クロマツ補佐) 平成29年6月21日(水) クロマツ補佐とアッくんは ロボットに振り回されて 湯谷川をたどっている 「久しぶりの雨ですよ クロマツ補佐」 「ドカッ!っと降られると困るナ アッくん」 「はい。アッ!また橋ですよ」 「その2。河陽が丘一丁目から二丁目へ行く橋と階段その2だ」 「勝手に名前つけてイイの?」 つづく (写真の場所はココです!) ≪アッくんの長岡京新聞》
第7回光明寺音楽祭で出番 2017年06月20日 | □ 長岡京市少年少女合唱団を取材 平成29年6月20日(火) 「土曜日は光明寺音楽祭だったワ アッくんパパ」 「長岡京市少年少女合唱団の出番だね ママレモン」 「そうよ。京都新聞の写真に載ったワ」 「ほんとだ~」 「御影堂に元気な歌声 響いたかな?」 ≪アッくんの長岡京新聞》
キラクダのいる公園の草刈りッス! 2017年06月19日 | □ 長岡京市みどりのサポーター(マダケくん) 平成29年6月19日(月) 。。。。。。 「アッ!サポーター活動かい マダケくん」 「そうッス! 草刈りッス アッくんさん」 「手前の遊具はもしかして・・・」 「ロッキング遊具のラクダン でも 長岡京新聞ではキラクダという愛称ッス! 木馬みたいに動くっしょ?」 「僕は(≒木馬)・・・草刈り 手伝います」 つづく はココをクリック みどりのサポーター登録団体はココをクリック みどりのサポーター10年のあゆみはココをクリック エピソード集はココをクリック ≪アッくんの長岡京新聞》
竹の見分け方がわかる『竹のおはなし』の標識 2017年06月18日 | □ 長岡京市の道しるべ 平成29年6月18日(日) 「アッ!標識だよ リンゴ!」 「『竹のおはなし』よ お父さん」 「竹?」 「そう。竹の見分け方が書いてあるワ モウソウチク・マダケ・ハチク・クロチク 違い判る?」 「クロチクは黒いからわかるけど・・・」 「モウソウチクは節が一重 マダケ・ハチクは二重」 「節が一重ならモウソウチク」 「そう。で 皮がムラサキならハチクよ」 「標識の後ろの竹は?」 「竹やぶに勝手に入ってはダメよ!」 「すみません。。。」 (写真の場所はコチラ!) ≪アッくんの長岡京新聞》
花と火の帝 上(隆慶一郎) 2017年06月17日 | □ 長岡京市ゆかりの本(ヨモギさん) 平成29年6月17日(土) 小説家になりたいヨモギさんは色んな仕事を掛けもちしてる・・・ 「ハ・いそがしっ ハ・いそがしっ」 「アッ!ヨモギさん 長岡京市ゆかりの本を見つけたの?」 「うん!隆慶一郎さんの『花と火の帝』の上巻だ で 登場するシーンはココ (後陽成)天皇は御位を(弟の)八条宮智仁(ともひと)親王に譲りたい、と云いだされたのである。 だ」 「?八条宮智仁親王?」 「つづきにこうある 現代の人々にとっては、八条宮智仁親王は桂離宮を造られた宮さまだと云った方が、わかりは早いかもしれない。もっとも八条宮が造られたのは、桂川のほとりの小ぢんまりとした別荘であり、今日の桂離宮の形で完成されたのは、宮の嫡子智忠(としただ)親王によるものである。 だ」 「長岡京市出てきませんが・・・」 「フフッ 長岡天満宮の八条が池という名前は 天満宮の境内に八条宮家の別荘があり 池は桂離宮と同じ智忠親王が造られたもの 明治時代になって八条宮家の名前にちなみ名づけられたのザ」 「ここで登場するンだ」 「で・・・ 結局のところ譲位はできず 慶長3年に当時3歳だった3男 のちの後水尾天皇に譲れらたンだ」 「そうなんだ」 「サッ! きりしまつつじの世話をしないと!」 「何の仕事を掛け持ちしてるの?」 つづく ≪アッくんの長岡京新聞》
エコ農園の利用者募集 2017年06月16日 | □ 長岡京市の移り変わり(ビワくん) 平成29年6月16日(金) ガタン ガターン ガタン ガターン ビワくんとアッくんは阪急電車に乗っていた・・・ ビワくんはアッくんの後輩。 何でも取り出せる四次元カバンをもっている 「アゼリア通りはいつもキレイだね ビワくん」 「隠れみどりのサポーターさんと シルバーさんのおかげです アッくんさん」 「枯れ葉が1枚落ちてたのが気になるくらいだもん」 「ところで・・・ エコ農園3号の利用者を募集してますよ」 「何それ?」 「家庭で生ごみをたい肥にして そのたい肥を使って農作物をつくる ための農地を貸してくれるンです」 「生ごみがたい肥になれば ゴミが減るってことか~」 「枯れ葉もたい肥になりますよ」 「生ごみと枯れ葉の・・・ どっちのたい肥がイイか 対比(≒たい肥)する?」 「じゃあやってみましょう 『たい肥の対比計量器~』!」 ビワくんは四次元カバンから便利な秘密道具を取り出した! 「電車の中はダメです!」 ガタン ガターン ガタン ガターン つづく アッくんの長岡京新聞》