田植から早10日。稲の背も伸び上がったようなので、今日あたり田の水位を上げてみようかしらと僕は考えた。
畦を歩くと、ぼちゃん、ぼちゃんと露払いでもするように、目の前のカエルが水に飛び込んでいく。去年生まれたのもいれば、この春生まれたちびっ子もいる。田面をすいーって泳ぐ様は、さながら水を得たカエル(いや、魚だったかな?)のようだ。
どれ、と水口を覗いた僕は、思わず目を見張った。なんと、怪物みた . . . 本文を読む
【第三場】生態系って、いったいなに?
カズヤ 「こりゃ大変じゃん! このままじゃあ、そのうち田んぼも畑も害虫ばっかになっちゃうよ」
じっちゃ「そんでオラも悩んでんのよ」
カズヤ 「そしたらオレたちも、なんとかしないと!」
じっちゃ「んだどもなあ・・・」
ここで遠くからおばあさんの声が聞こえる。
ばっちゃ「カズヤ~、じっちゃ~、小昼にすっぺー」
カズヤ 「あ、ばっちゃだ。」
おばあさんが袖から登場 . . . 本文を読む
その時私は畑に出てアブラナを刈り採っていた。本格的な雪の到来を目前にしたこの時期に、大根を干した後の軒下に今度はアブラナの葉を並べることにしている。そうすると、同じく干したサツマイモのつる、豆ガラ、それとサイレージやカボチャなどと併せて、ちょうどひとシーズン分のウサギたちの食べものが充足される。今年は温暖化の影響なのか季節の足どりが遅いようなので、かねて冬ごもり作業に遅れていた私にはもっけの幸い . . . 本文を読む
うっすらと白い雲の覆いかぶさる昼下がりに、僕は図書館で新聞を広げていた。隣りのホールで開かれるある催しが目当てで来たのだが、少し早く着きすぎたようだった。会場への入り口は未だ鎖で塞がれていて、係員の人の「すみません。開場は1時半なので、今しばらくお待ちください」との声がロビーに繰り返し響いている。そこは過疎のムラには似つかわしくないほどの近代的な建物で、たぶんどこかの官庁の補助金を利用して建てた . . . 本文を読む
梅雨明け宣言がなされたのは、いつだったろうか。確か今からひと月以上も前、平年より何日か早めだったように思う。今年はこの辺り立ち話のネタに事欠かないほどのカラ梅雨で、思えば春先からこの方大切な時に雨がなく、ため池は枯れて畑には折々じょうろを持って出なければならず、隣りのジッちゃん曰く数十年来の大旱魃の年ということだった。山水や湧水で田んぼを作ってる農家は本当に困ったものである。そして期待の梅雨の時 . . . 本文を読む
さて、前回も申し上げたとおり、クルミの実も随分大きくなったな、もうホントに夏なんだなと思っておりましたところ、あれあれいつの間にやら裏庭のクルミちゃん、無残な網目状態となっておりました。誰じゃい!こんなことしたのは!・・・というわけでさっそく私めは事態の徹底究明に乗り出したのです。
おおっ!いたいた。怪しい容疑者たちは既に満腹して、蛹のハンモック状態にある模様。こんなタツノオトシゴのよう . . . 本文を読む
おや、いつの間にか卯の花が咲く季節になったんですな。今年はさっぱり梅雨らしくないもんで、すっかり忘れておりました。そういえば昨日大豆をうるかしておきましたから、豆腐をこしらえて、鶏どもにオカラをやったら喜ぶでしょうな。
ほら、庭に落ちたこぼれ種のニンジンも、ああ蕾をつけたなと思ったら
いつの間にかぼんぼりのように花を咲かせて。
裏庭のオニグルミも春にはこんなかわいい . . . 本文を読む
夜明け前に羽化したトンボたちは、羽に骨が入るのを待って昼頃までに三々五々自由の空へ羽ばたいていく。アキアカネだろうかね。ナツアカネだろうかね。幼いヤゴの頃から彼らと一緒にいた私には、その姿にはわが子の成人式を迎える時のような感慨がある。生まれたての彼らの羽はどれも、天使のように清らかで穢れを知らない。そっと、そっと、田んぼに足を運びながら草とりをするのがこの頃の通例になっている。
ある朝玄関 . . . 本文を読む
昨日スーパーを歩いていて、あまり見かけない魚を見つけた。例のごとくわが家の猫たちの餌探しである。普段は近所のスーパーからいただいた魚のあらを食べさせているのだが、やはり動物たちは人間と同じくいろいろな種類のものを食べるのが体にいいようで、時にはこうして安い肉、安い魚を探し歩くこともある。その中で見つけた魚だった。
ラベルにはただ「鮮魚」とのみ記してある。色鮮やかで体腹に斜めに縞の入った、熱帯魚 . . . 本文を読む
霞が山裾を漂う。漆黒の木々が優しい真綿に包まれて、その頭上に向こう山の木立と青空とを蜃気楼のように浮かばせている。厳かな霞はたゆたう蛇のように変化して、一時も休まることはない。
冷気の静けさに体を浸しながら、私はひとつ息をつく。このところ朝に夕に、時を選ばず外に出てはただぼんやりと坐っている。気持ちがいい。なにかが私を呼んでいるような気もする。以前はパソコンを開いたり酒を飲んだりしていたはずの . . . 本文を読む
田んぼにがっしりと張った氷が溶けたのは、3月に入って間もなく、そう、そういえばちょうど啓蟄の頃だった。昔の人はよく言ったものだね。啓蟄なんて、本当にうまく言い当ててる。この頃雪解け水が地面に沁みこんで、とんがった土くれをじわりと緩ませる。おおい、そろそろ出番だぞ。今年の春は少うし早いぞ。そんな呼び声がそこらここら、畦や土手の枯れた草むらなどから湧いて出る。そこでひょっこりと顔を出した所が、水を満 . . . 本文を読む
「梅干うどん」という新メニューを開発した。
朝にうどんを茹でながら、なんとなくこの丼の中に梅干を落としてみたら、合うんじゃないかと思った。視線がチラとたまたま傍らの梅干の瓶に行き当たったというだけなのかもしれない。一昨年漬けた2年モノの梅。置くほどに酸味が強くなってきていて、今やちょっとやそっとの物言いには動じない、わが家の梅干婆さんならぬ「古強者」のひとりである。
その日の献立はチャボを煮込 . . . 本文を読む
外は雨が降っていた。黄昏を迎え薄暮を過ぎても雨足は衰えない。もうそろそろ行かないと。私は夕食の箸を置いて帽子を被り、手に小さな懐中電灯を携えて戸外に出た。
夕方の餌時に小舎に入らない鶏がいる時がある。餌は基本的に朝夕二回。雨や雪じゃなければ、その間の日中はできるだけ彼らを外で遊ばせるようにしている。冬の間はそうでもなかったが、昨今のように暖かい日が続くと彼らもまた外に出たくてたまらなくなるよう . . . 本文を読む
そう、ふいに目覚めた冬の夜更けに、静けさがキインと耳たぶを押し付けてくることってある。軋る天球の擦過音。ずっしりと冷たい地球の体重。そんな中にそこはかとなく軽い明け方の空気を感じて、静かに体をずらしながら、感覚の触手を真空の空間に拡げてみたりする。そんな夜にはやがてくる夜明けのことを考えて、いやなにどんなに寒くたって朝一番に猫たちに餌をやらなければならないものだから、思い切って起きて冷え切ってし . . . 本文を読む
雪がないおかげで思ったよりも早く着いた。砂利が半ば土に埋もれかけた駐車スペースに斜めに車を突っ込むと、音の無い衝撃とともに車は止まった。外は久しぶりの小春日和だ。足元を見ると前輪のあたりから壁に沿って古タイヤが並べられている。そのタイヤに導かれるようにして軒先をぐるりと回り、正面玄関へと向かう。そこにはアンティークな、というより単に田舎臭くて古めかしい木戸が一枚立ててあった。前に一度見てるはずな . . . 本文を読む