阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

1995年1月17日の朝5時46分に阪神淡路大震災が起こった。 【私の阪神淡路大震災の個人的体験】記録。

2024年01月16日 | 身辺あれこれ
下から大きく体を突き上げられ、家の中の家具が次々倒れていく中で、あぁ、いま自分は死ぬのだと思った・・。
神戸には地震はないと聞いていたのにとも思いながら。
 箪笥もピアノも食器棚もテレビも全てが瞬間的に凶器になります。
もろに箪笥の下敷きになりました。冬布団のおかげで怪我はありませんでしたが夏だったら危なかったです。
寝るスペースの周辺に空間を。
 行政官庁も被害を受けていて、援助体制が動き出すのに3日間ほどかかりました。
自宅でそのまま暮らせるのであれば、最低3日分の家族分の飲料水のペットボトルと食料、カセットコンロの準備が必要です。
水道ガス電気が止まります。トイレ用の水にたまたま落としてなかった風呂の残り湯があって助かりました。
普段は気にしていない排せつ物の処理は生きている限り食事の課題とセットでついてまわります。
 
●あの地震発生の瞬間以降、多くの人の人生が変わりました。

被害状況  阪神淡路大震災 Wikipediaより

 死者:6,434名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名
死者の内訳は、兵庫県内6,402名(99.5%)・兵庫県外(大阪府、京都府など)32名(0.5%)
負傷者のうち重傷者は県内10,494名(98.2%)・県外189名 (1.8%)
軽傷者:県内29,598名(89.4%)・県外3,511名(10.6%)
死者の県内県外の比率から見て県内の負傷者数は混乱の中、正確には数えることができなかったと推定される。
避難人数 : 30万名以上
住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計249,180棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟
火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損(非住家・住家共)合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯
その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所
被害総額 : 約10兆円規模
 
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私の阪神淡路大震災の個人的体験】
 
1、その時

 明け方近く、トイレに行きたくなって、ウツラウツラしていた。突然、六甲山側の窓が曇りガラスと障子こしに、強烈に真っ白に光った。
それと同時に地面の下を遠くから列車が、大轟音で驀進してきた。その時、もう身体は上下左右に跳ね上げられ、振り落とされていた。
わ~つと言う無意識の叫びが自分の体から発せられていた。
その間これはとてつもない地震だ、家が潰れて自分はこのまま死ぬと思っていた。気がつくと、タンスの下敷きになってもがいていた。
無意識に隣に寝ていた妻の上に覆い被さっていたらしいが、それは後で聞いた。
家の中の立っている全ての家具、電気製品が倒れていく音を聞いたと思うが、記憶にないのは何故だか分からない。
シーンと何も聞こえない時間が長かった。引続き同じような大きさの揺れと思える余震が次々と来た。
この日以降、余震の揺れが来るたびに身体が硬直し、心臓が痛くなる状態は直らなかった。
 
2、その後の行動
 
 真っ暗だった。突然妻が叫んだ、「子供たち見てきてー」。長女の部屋に向かいながら、名前を呼ぶが声が返ってこない。
部屋へ行く途中にある台所は、タナゴを入れていた水槽が床に落ち、割れて水浸しになり、食器戸棚が倒れ、ガラスが散乱し
斜めになった戸棚が邪魔して、娘の所に行けない。
 もう一度大きく声を張り上げて呼ぶと、「大丈夫、怪我はしていない、何が起きたの」という声が小さく聞こえた。
その声をきいてすぐ、一階の母と次女の方へ階段を降りた。幸いにも母は本棚がベッドで斜めに止まり、次女はキャスター付の
ベッドのお陰で横揺れと同じサイクルで揺れ、ほとんど落下物の下敷きにならず、ピアノも倒れたがベッドの場所を外れ、怪我はなく無事だった。
懐中電灯が次女の部屋で見つかり、家の中の状態がその光の範囲で見えた。
長女は、部屋のドアにタンスが倒れ込んでなかなか開かず気をもんだが、自分一人這い出る隙間をなんとか作り、犬のタローと一緒に這い出してきた。
 出てくるとすぐこう話した。

「タローが少し前からうーつという唸り声を出していて、このあいだからネズミが沢山家に入り込んで来ていたから、またネズミが騒いでいるので、
唸っているのかと思った。それで静かにしなさいって、寝ぼけながら怒ったら一回静かになった。そのまま寝込んだら、
暫くして今度はもっと大きな唸り声を出したから、コラッうるさいって怒りながらベッドから起き上がったら、腕の中にタローが飛び込んできた。
その瞬間、ベッドの上で身体が揺れて、何がなんだか解らなくなった。気がついたらさっきまで寝ていた枕の所に、
上の棚にあったテレビが落ちていた。タローが騒いでくれなかったら顔の上にテレビが落ちていた」
犬が老犬になったので、寒中は夜だけどちらかの娘の部屋に入れる事を黙認していたが、たまたまその夜は長女の部屋に居て、
そのお陰で長女が命拾いするとは思いもよらぬことだった。
次女の部屋の時計はこの時間で止まっていた。
 
3、状況の理解
 
朝日が昇ってきて、家の中が見えてきた。暫くのあいだ靴を履いたままでいましょうと妻が皆に言った。ガラスの破片がどの部屋にも飛び散っていた。
トランジスターラジオがすぐ見付かりスイッチを入れたが、最初のうちは大阪でかなり大きな地震がありましたという報道で、神戸の事は何も触れなかった。
窓から見る限り、近所も倒れている家はなく、瓦がずれている家があるくらいで道路にも誰も出ていなかった。電気が来ないのでトランジスターラジオを
つけっぱなしにしながら、来てくれた近所に住む弟と甥に手伝ってもらい家具を起こす作業をした。停電で暖房が取れないので皆パジャマの上に服を着込んだが、
結局一週間そのままだった。その日は外に一歩も出なかった。出る気にならなかった。
 まだ神戸全体が、淡路、阪神間全体が被害を受けている事を知らず、会社へ後片付けのため一日休むと連絡しようとしたが電話はもうつながらなかった。
その前に電話も床に落ちていたために、壊れたと思い込んでいたが、10時頃突然電話のベルがなり、取ると東京の弟から安否を問う電話だった。
この時電話が生きていると家族みんなで喜んだ。
 深夜会社の親しくしている人から電話が入った。昼間沢山の人が会社から手分けして家へ電話してもつながらないので、自宅に帰ってから電話してみた
とのことだった。ようやくつながったと無事を喜んでくれた。時計を見たら午前零時近かった。
 夕方突然部屋に電気が灯った。居間の大型テレビは台から落ちて倒れていたので壊れたと思い込み、長い間別のテレビを持ってきてそれを使った。
もうラジオで神戸市内全域に大きな被害が出ているのはわかっていたが、ベランダからJR六甲道、その向こうの三ノ宮方面に黒煙が上がって
広がって見えると、ようやくテレビでも次々映し出される画面は何とも言えなかった。自分が良く知っている場所、建物が次々映るが、
壊れるか、斜めに傾くか燃えていた。しかしそれはそれだった。自分と家族の生活をどうするかしか頭に浮かばなかった。
 
4、水、食料
 
転勤で神戸に戻る前は茨城県の取手市に近い藤代町に住んでいたが、その町は利根川の支流の小貝川が流れており、よく増水した。
そのため町役場の指導で乾パンや缶詰などの食糧を備蓄する習慣を妻が残していた。また、前年の夏が水不足でミネラルウオーターの
ペットボトルを沢山買ってそれがまだかなり残っていた。また、風呂の水は当時の習慣で落とさず置いてあった。
ペットボトルの水は近所に多いお年寄り家族に配って喜んでもらい、風呂の残り湯はトイレ用に役立った。
 神戸に戻ったら地震はないものと思い込んでいたから、全くの怪我の功名だったが備蓄食糧とペットボトルのお陰で当面の心配をしないですんだ。
その後、新聞やテレビでも言っていたように三日分の食料と水は家に置いておいた方がいいと思った。結果的に地域に給水車が回ってきたのは
四日目からだったからそのとうりだった。今回のようなケースでは行政も被害者の一員であり、神戸市がかろうじて機能しはじめたのは、
三日目くらいではないだろうか。ついに市の広報車は半年たっても回ってこず、結局、動きの良くない自治会と近所の口コミだけが頼りの3ヶ月だった。
それでも神戸市の中では被害の大きかった東灘区の中では恵まれた方だった。近所の小さなスーパーは4日目から開店したり、電気はその日のうちに来た。
全壊、半壊の家は少数という地域でもあり、自宅も内外に多数の亀裂は入ったが何とか修理で済む範囲だった。
 家が全壊、半壊の目にあった方たちとのこの差はその後の生活にいいようのない違いを生んだ。理不尽としか言えない差である。
もし自分が逆のことになっていたらそれを凌げたかどうか全く自信はない。
 
5、日常生活
 
まず、そして水道が復旧するまでの3ヶ月間一番困ったのはトイレの水だった。洗顔も当初はテイシュペーパーに水を垂らして顔を拭っていたが、
トイレだけはどうしょうもなかった。しかし近くの近所のゴルフ練習場がボール洗いのために掘っていた井戸を住民に開放してくれたので、
毎日水汲みに行かせてもらい助かった。全国から給水車が応援に来て、地域には倉敷市の水道局の車が回ってきてくれ出した時は、家族全員がほっとした。
少なくとも飲料水だけは確保出来たが、スピーカーの到着の知らせに耳を澄ませ、お年寄りの多い近所の方に伝える家族は大変だった。
長い列に並ぶお年寄りの中にはヤカン一つしか持っていない人もいて意識の混乱が続いていると思った。
また家族総動員で大きな容器に一挙に何杯も貰う人も居て、いろんな人間模様が表れた。
 
6、通勤
 
JRも阪急、阪神も甲子園あたりで不通になったため、始めは代替バスで一番近い駅まで行くしかなかった。通勤ルートは毎日変わった。
最寄りのJR六甲道駅は地震の瞬間に崩壊して東海道線がここで長いあいだ断絶した。阪神青木まで2時間ほど歩いた事もあった。
地震後最初に電車で武庫川を越えた時、何ともいえない違和感を覚えた。電車の窓の外の雰囲気が何となく違う。
通勤途上に家やビルの瓦礫の中を通ると言う「非日常」の世界に突然放り込まれた人間にとっては、つい数日前に当たり前に毎日見ていた世界が
全くなくなったのに「ここはなんでパチンコ屋が営業して、それ以外の店も歩いている人達も前と同じなんや」とついに納得できないまま
御堂筋線の地下鉄で淀屋橋の駅で降りた。
会社では皆、気を使ってくれた。だが自分の方は、朝出てきた崩れた家の続く道筋や町全体の雰囲気から抜け出せず、素直に受け止める事が出来なかった。
自分の席にかかってくる本社、支店、工場からの見舞いの電話を受けたが、今思えば普通の受け答えはしていなかったろうと思う。
周囲には違和感を与えただろうと思う。当然ながら会社は変わりなく回っていた。自分は恵まれていると解ってはいるが、素直にそうは思えなかった。
神戸に勤務先があり、そこが崩壊し会社が潰れ、自宅も全壊し家族が亡くなり、避難所暮らしの人が沢山いる。収入も止まり、
失業の破目になる人も沢山いると解っていて、自分が恵まれている事はわかっていてもやはり大阪の変わらぬ世界が納得できなかった。
 水道とガスが戻り、交通機関が復旧するまで何ヶ月も、定時より少し早めに帰らしてもらい、百貨店の地下で惣菜を買って帰る日が続いた。
 
6、思った事あれこれ
 
①人間は、地球の薄皮の上にたまたま住まわせてもらっている。
②理不尽なことはどうしようもなく起こりうる。
③日ごろの近所との付き合い次第で、必要な情報量が全然違う。
④沢山の方から安否の問い合わせを頂き、有り難い事だった。
⑤日ごろ行きつけの本屋、スーパー、ソバヤなどが、明日はなくなることがある。
⑥整地されて綺麗になっても、慣れ親しんだあの生活空間は二度と戻らない。
⑦それでも人間の記憶はいい加減なもの。段々忘れて生きていくのだろう。
⑧国、県、市とはこういう事態が起きた時、個人にとって何なのだろう。
   お上は個別の事情は考慮出来ないと言う。しかし個人が自分の不注意で災害を起こしたわけではない。
いざというとき何もしてくれないのに、真面目に税金を払っている良き国民の住む国日本。
後日追加記載この震災以降 行政も国家としての国民の個別救済の在り方を少しずつ変え、個別救済はわずかながらも実施され始めた。
 
不思議な事;
 
トイレの水洗タンクの陶器の蓋が便器を飛び越えて、便器の前の床に落ちていたので何の気なしにそのまま持ち上げて元の場所に戻した。
後で考えるとコナゴナに割れていて当たり前なのに無傷だった。考えられるのは下から家全体が突き上げられた時、蓋が飛んだが、
床に落ちる瞬間今度は家が下がってソフトに着地したとしか思えないが不思議なことだった。
    最後に;
震災の後、物忘れが激しくなった自覚があり震災の恐怖で脳の一部が壊れたのかも知れないと思い、会社の連中と飲んだ時そう言ったら、
「震災の前も後も変わっていませんよ、震災前から 老化現象が起こっているという事と違いますか」・・あぁ。
 
                                                                                了 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                          
(後日追加記載) ◎この大地震は天災であって、福島原発の過酷事故という人災ではありませんでした。
また、ちょうど一年前の1994年1月17日午前4時30分55秒(太平洋標準時)、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市ノースリッジ地方で地震が
発生しました。即座に日本政府は大調査団を派遣しました。 
 
 帰国後の調査団の公式報告のなかに、「このような大きな被害は日本では起こりえないし日本では高速道路が倒壊する可能性は零である。
日本は地震対策は出来ている・・」とありました。
この時もまた、日本のマスメディアは自ら取材・調査報道することなく、お上の『大本営発表』をそのまま記事にしました。

 当然日本国民はみなそれを信じました、・・が。
倒壊した阪神高速道路の橋げたの撤去工事は、私鉄の復旧工事などより最優先で、連日の24時間の突貫工事で撤去されました。
 国の調査団を派遣した建設省は「恥をさらしたくないんやな」と当時、神戸の住民は噂しあいました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

報道写真家の栗田格さんが撮影された阪神淡路大震災を記録したシリーズ「 1995年1月17日 阪神淡路大震災の記録」はこちらです。

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01月15日に目に留まったSNS・メディアの記事

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東日本大震災が起こった年の [ 2011年12月15日(木)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] から

2024年01月16日 | 東日本大震災ブログ
011年12月15日(木)

遅ればせながら長期にわたり帰還困難という現実対応を始めた政府

50ミリSv超は長期帰還困難 住民避難区域で政府検討
2011/12/14 19:28 【共同通信】

東京電力福島第1原発で事故収束の工程表の「ステップ2」が終了した後、政府が住民避難区域を見直し、年間の放射線量が50ミリシーベルト以上を長期間帰還が困難な区域とする方向で検討していることが14日、分かった。

原発から20キロ圏内で一般の立ち入りを禁止している「警戒区域」と年間線量が20ミリシーベルトに達する恐れがあるとして設定した「計画的避難区域」を、線量に応じて3区分に再編し、20ミリシーベルト以上50ミリシーベルト未満は「居住制限区域」、20ミリシーベルト未満は解除の「準備区域」とする。

2011年12月15日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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空自次期戦闘機の二つの報道

空自次期戦闘機にF35が内定
12月14日 18時59分 NHKニュース

航空自衛隊の次期戦闘機=FXの機種選定で、防衛省は、候補となっている3つの機種の性能などを総合的に評価した結果、アメリカなど9か国が共同で開発を進めている「F35」を採用すべきだとする案をまとめ、政府・与党の関係者に伝えました。これによって、FXは「F35」に内定しました。

航空自衛隊の次期戦闘機=FXは、アメリカ製の「FA18」、アメリカなど9か国が共同で開発を進めている「F35」、ヨーロッパの4か国が共同開発した「ユーロファイター」が候補となっています。これについて、防衛省は、作業チームを設けて、性能や価格に加え、機体の製造や整備に日本企業がどこまで関わることができるかといった評価基準に基づき、機種ごとに採点する作業を進めてきました。その結果、「F35」が最も評価が高かったとして、防衛省は、FXには「F35」を採用すべきだとする案をまとめ、14日、幹部が政府・与党の関係者に伝え、了承されました。

これによって、FXは「F35」に内定しました。防衛省では、近く岩崎航空幕僚長が、一川大臣に対し「F35」の採用を上申する予定で、一川大臣は中江事務次官らよる「機種選定調整会議」に諮問したうえで、「政務3役会議」を開いて、「F35」を選定することにしています。これを受けて政府は、野田総理大臣も出席して安全保障会議を開き、正式にこれを決定し、閣議で了解される見通しです。

日本の防衛省が、航空自衛隊の次期戦闘機=FXの機種選定で、F35を採用すべきだと政府・与党に伝えたことについて、アメリカ政府は公式なコメントは発表していません。しかし、3つの機種のうち、アメリカ政府が提案したF35とFA18のうちのどちらかを採用することを日本政府に求めてきただけに、今回の防衛省の判断を歓迎するものとみられます。

血税6400億円を投入 次期主力戦闘機決定に中国の影
次期主力戦闘機F35に決定  引用元

讀賣新聞など複数のメディアは13日、日本の防衛を担う次期主力戦闘機が米ロッキード・マーチン社のF35に決定した、と報じた。

同機は1機あたり1億1,300万ドル(約88億円)と防衛相が候補としていた3機種の中でもっとも高価な機体。


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調達に漂う不透明感

防衛相では現在運用中の戦闘機F4の老朽化が進む中、次期主力戦闘機の機種選定を進めてきた。

候補には他に、イギリス、イタリア、スペイン、ドイツが開発したユーロファイター・タイフーン、ボーイング社のF/A-18E/Fを改良したバージョンがあげられていた。

相互運用性を強化するため、として米国防省はF35を採用するよう、日本に対して強い圧力をかけ続けていた。

F35は開発段階でたび重なる遅延を生じており、米国でもいまだに実戦配備されていない。

必要な試験の20%程度しかクリアしておらず、配備計画はいまだ不透明感が強い。


選定には中国「殲20」の影

選定に際しては、ステルス性などの性能と保守メンテナンスが決め手になったという。

F35はレーダーに探知されにくいステルス性を持つ最新の戦闘機だ。候補の中では唯一第五世代の戦闘機に分類される。

中国やロシアもステルス戦闘機の開発を進めており、特に中国は今年、「殲20」と呼ばれる第5世代戦闘機の試験飛行映像を公開するなど、開発、配備に力を入れている。

16日に野田首相を議長とする安全保障会議が開かれ、F35 の採用が正式決定される模様。

最終的には40~50機程度を購入。予算は80億ドル(約6400億円)にのぼる。

☆防衛省関係報道のNHKとネットメディアの違い。どちらのメディアがジャーナリズムの機能を果たしているか一目瞭然。

国民が知るべきことを報道するのがジャーナリズムの使命。
外部からか内部からかは知らないが、公共放送であるNHKは部局によって報道に規制やバイアスがかかったりする。しかし我々にとって、有料のNHKが存在する意義は確かにあるので、それぞれの記事をそういう頭で読んでいくしかしょうがない。そして商品のユーザーとして製造元に意見を出していけばいい。

タダで見ている積りの民間テレビは、実は飲むビールやウイスキーやその他商品に視聴代金が上乗せされている。

私はコマーシャルの紙幣の味を感じる飲料食品に、自然に手が出なくなった。そういう企業の商品に対してやはり味覚は正直だ。
 
2011年12月15日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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東電も口先ではかわせない「完全賠償集団請求」一人2千万円

福島原発事故:弁護団、「完全な賠償」東電に集団請求へ
2011年12月13日 20時29分 毎日新聞jp

福島県内と首都圏の弁護士グループでつくる「福島原発被害弁護団」は13日、東京都内で記者会見し、原発事故の被害者を数百人規模で集め、来春にも東京電力に完全な損害賠償を求めて集団交渉を申し入れる方針を明らかにした。

弁護団は10月、原発被害者から損害賠償請求に関する相談・依頼を受ける目的で、同県いわき市と東京の2カ所を拠点に設立。約50人で相談に応じてきたが、国が指針で示した賠償額への不満が多く、東電に対する集団交渉に向け準備を進めることにした。

弁護団は警戒区域などから避難し最も深刻な被害を受けた人の損害基準として、避難生活を続けている人については避難費用と生活費の増額分、休業損害や逸失利益に加え、慰謝料の基本額を1人当たり月額50万円と想定。結果的に帰還が困難となる人には失った財産の時価、減収分などに加え、慰謝料の基本額を1人当たり2000万円と設定した。

集団交渉には既に100人を超える被害者が加わる見通しといい、弁護団の小野寺利孝・共同代表は会見で「個別の直接請求やADR(原子力損害賠償紛争解決センターによる裁判外の手続き)の利用にも限界があり、1人で裁判を起こすのも不可能に近い」と発言。「公開の場で東電側に統一要求を行い、合意できなければ司法手続きに移る」と、最終的には損害賠償を求め集団訴訟を起こすことも示唆した。

弁護団は今後も福島県内や首都圏で説明会・相談会を実施する。問い合わせは現地(いわき市)事務局(080・2821・1801か080・2821・3404)▽東京事務局(03・5812・4671)。【伊藤一郎】
2011年12月15日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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飯館村前田地区で、酪農を営み、区長を努めてきた長谷川健一さん
酪農家の慟哭   飯舘村

一部引用・・

15日、地区で緊急集会

私の地区には、5つの班がある。その班長さんにすぐに連絡をした。
「いま、放射能が、とんでもねえことになっている。明日、緊急集会、やっから。みんな集めろ」。
翌15日、6時半、部落の人たちは、放射能のことだから、みんな集まってきた。
(注 関東地方では関西地方で言う地区や集落のことを普通に「部落」という)

後からわかったことなんだけど、部落の人たちには「悪いことをしたな」って、そういう思いもしている。そのことは後で話すけど・・・。

部落の人たちには、私が知り得た情報をすべてぶちまけた。
「いま、放射能が、とんでもないことになっている。
とにかく外には出んな。とくに子どもは絶対に出すな。
どうしても出ないとなんないときは、必ずマスクしろ。
肌を露出すんな。
帰ってきたら、すぐに玄関で服、脱いじゃえ。
すぐフロ、入れ。体、きれいに洗え。
外にある野菜は絶対に食うな。換気扇、回すなよ」。
そういう指示を出した。


雨が降り、線量計が振りきれた

さっき、「悪いことしたな」って言ったのは、当時3月15日、集会を開いたちょっと前から、雨が降ってきた。そのあと雪になった。集会が終わることには真っ白だった。5センチぐらい積もった。
ジャーナリストの人たちがたくさん来た。その人たちの映像を見せてもらったら、私の部落の映像もあった。
3月15日、その人は、伊達市布川地区で、線量計を出して測ってみたら、50マイクロシーベルト/時。これは、飯舘はとんでもないことになっていると、やってきた。
そして、飯舘に入って来て、すぐに私のところの部落。まさに私の部落の集会場のところで、その人は、車を停めて、線量を測った。
その線量計は100マイクロシーベルト/時までしか測れなかった。それが針を振り切ってんだ。その映像を、私は、見せられた。
だから、部落の人たちは、みんな車を降りて、雨に濡れながら、集会に来てくれた。そのことを、「悪いことしたなあ」って、いま思っている。

全文はこちら
2011年12月15日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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これぞ「火事場泥棒」 水産庁の調査捕鯨予算大増額

調査捕鯨、復興予算で増額 水産庁が23億円

2011年12月14日 09時44分 東京新聞

東日本大震災からの復興に向け11月に成立した第3次補正予算に、南極海での調査捕鯨にかかる事業の経費約23億円が組み込まれていたことが14日、分かった。調査捕鯨の予算はこれまで、年間約5億~9億円。2011年度は当初の約7億円に今回の約23億円を加えて約30億円と従来の最大6倍になっている。

予算要求した水産庁は、全国有数の捕鯨基地の宮城県石巻市が大きな被害を受けたことを理由に「調査を安定的に実施し、石巻周辺の復旧・復興につなげる」とするが、被災地への支援といえるのか疑問視する声が出ている。

☆ この23億は東北復興ではなく「日本鯨類研究所」などの「くじらムラ」にまわるのだろう。

いま、沿岸クジラ漁さえ残せば、日本のクジラ需要は十分満たされるが、それではこれまでの鯨産業に携わってきた関係役所部門の公務員とそのOBの職場がなくなる。

中央省庁の公務員のいつもの手だが「火事場泥棒」としか言いようがない。民主党はこんなことを認めるようになってしまった。
ちなみに阿智胡地亭は鯨肉が大好きで、小学校の給食以来「くじらの竜田揚」のメニューのある店を訪ね廻っている。
2011年12月15日 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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韓国 漁業団体が中国への抗議集会

不法操業事件の背景にある中国の抱える恐ろしい枯渇問題

一部引用・・

それは、目覚しい経済発展で生活水準が向上した中国人が、その食生活も豊かになり、中国が世界の水産物消費量の3分の1を占める「水産物消費大国」となっている事実と密接に繋がっているからです。

なおかつ、経済発展の負の産物として、中国沿岸では乱獲と深刻な海洋汚染により、漁業資源がほぼ底をついていることが、中国漁船が領海侵犯して不法操業を繰り返さざるを得ない主因と見られるからです。

全文はこちら

韓国 漁業団体が中国への抗議集会
12月14日 18時59分 NHKニュース

韓国の海洋警察官が不法操業していた中国漁船の取り締まり中に刺されて死亡した事件を受けて、韓国の漁業団体は、14日、中国側に謝罪などを求める抗議集会を開きました。

韓国海洋警察庁の警察官が12日、韓国の排他的経済水域で不法操業していた中国漁船の取り締まり中に漁船の船長に刃物で刺されて死亡した事件で、14日、海洋警察庁があるインチョンでは、死亡した警察官の葬儀が執り行われ、遺族らは深い悲しみに包まれていました。一方、ソウルでは、漁業協同組合の団体が事件を糾弾し、中国側に謝罪を求める抗議集会を初めて開きました。集会には全国各地から400人が参加し、殉職した警察官に黙とうをささげたあと、代表が「中国政府は、水産資源が枯渇する事態を作り出さないよう中国漁船の不法操業を規制すべきだ」と訴えました。

そして全員で、不法操業の即時停止や、韓国漁業に与えた損害の賠償を求める声明文を読み上げ、この声明文を中国大使館に持って行き、大使館員に渡そうとしましたが誰も対応に出ませんでした。漁業団体では今後、韓国政府にも中国漁船の不法操業を防ぐ取り組みの強化を求めていくことにしています。

抗議集会の参加者の一人は「韓国の東、西、南で、中国漁船が沿岸まで来て、無差別に漁をして、資源を枯渇させている」と述べ、中国漁船による被害が広がっていると強調していました。


中国 韓国大使館の警備を強化
12月14日 18時59分 NHKニュース

中国の北京にある韓国大使館に金属製の玉が撃ち込まれ窓ガラスにひびが入っているのが見つかったことについて、中国外務省の劉為民報道官は、警察が捜査を進めるとともに、大使館の施設の警備に力を入れていることを強調しました。

記者会見で劉報道官は、中国側として事件を重く受け止めているとの姿勢を示したうえで、「警備に当たる警察官を増やすなどして、大使館の保護を強化している」と強調しました。また、韓国海洋警察庁の警察官が不法操業していた中国漁船の船長に刃物で刺されて死亡した事件については、「中国、韓国双方の努力によって両国関係に影響を及ぼさないと信じている」と述べ、事件によって両国の関係が悪化する事態は避けたいという中国の立場を示しました。

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福島原発から放たれた放射能物質が無主物とは!

東京電力、放射能被害めぐり「無主物」主張 あくまで「個別の案件」と回答を拒否

一部引用・・

しかし、12月2日に行われた初めての調停では、驚きの返答があったという。

東京電力の答弁書は、「福島県二本松市の株式会社サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部のゴルフ場について、仮処分申請が却下された事例があるので、参考までに提出する」などというものだった。

実は、同じ福島県のゴルフ場が2011年8月、東京電力に対し、汚染の除去や経営維持費を求める仮処分を申し立てていたが、東京地裁は「除染は国が責任を持って推進すると示されていて、線量も営業に支障はない」とし、申請を却下した。

これに対し、二本松市のゴルフ場側は、即時抗告し、現在も係争中となっている。

合津支配人は「『お前らもこれに従え』みたいな感じで、高圧的に書いてきたのかなと思うんですけれど。あの判決は、もう『廃業しなさい』と言っているようなものなのかなと。あまりにも、被害者をばかにしているような言い方で」と話した。

さらに東京電力は、二本松のゴルフ場との裁判の中で、放射性物質に対し、「無主物」という主張をしていた。
合津支配人は「『ついたものは、お宅のものでしょ』というこの論理がね、本当にこの日本で、今後通用していくのかなと」と話した。

無主物とは、つまり「所有者のない物」ということ。

東京電力の主張では、原発から放出された放射性物質には所有権がなく、付着した土地の持ち主に所有権があるという。

賠償問題などにくわしい紀藤正樹弁護士は「東電から出てきた物質によって、その地域が被害を受けているということであれば、除染をする義務は出てくる。一般の社会から見ると、そういう主張は非常識」と話した。

東京電力はどのように考えているのか、椿原キャスターが直撃した。

椿原「東電が、原発由来の放射能を『無主物である』と主張したことに対して、国民から非難の声が上がっていますが、それについてどのように考えるか?」
東電「はい。あの~、個別の法係争中の案件につきましては、私どもからコメントすることはございません」
椿原「別の場所でも、それはあてはまることだと思うんですが、そういう場所に関するものも、無主物ということになる?」
東電「はい。あの~、私どもといたしましては、私どもの見解は、裁判の中で申し上げている通りでございます」
椿原「裁判の中では無主物と言っていたが、そういう認識でいいのか?」
東電「二本松のゴルフ場の係争中の案件でございますけれども、そちらに関しましては、裁判の中で申し上げている通りでございます」
椿原「東京都内でも、ホットスポットなどが発見されたときには、それは無主物?」
東電「あの、個別の裁判に関わる案件につきましては、私どもからコメントすることはございません」

あくまでも「個別の案件」とし、回答を拒否する東京電力。
責任について、東京電力は、「事故の当事者といたしましての責任は、あるというふうに思っておりますし、事故の収束に向けて、全力で取り組んでいるということもございます。また、除染活動につきましても、私どもができるかぎりのご協力等はさせていただいておりますけれども」と述べた。

全文はこちら

☆東電の被害者に対する対応を見ていくと、法律や裁判の問題以前の
人間性の根っ子にいきつくような気がしてならない。

独占企業を60年以上やっている組織で偉くなった役員たちは、会長を見上げるヒラメ(上目づかい)ばかりで、くにたみに目を向けて社会に奉仕する使命なんか頭にもないのだろう。
被災者を人を人として見たり扱ったりする気はないようだ。
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