泉の歴史を昭和44年から平成20年までの40年間の長きにわたって市民新聞「ゆーとぴあ」として綴り続けてきた檜野二郎氏が亡くなった。享年93歳。
振り返れば、同紙発行30周年の時が平成11年、私が市議会初当選した時であり、以来新人議員の私は檜野父さんにいろんなことを教えていただき今日4期目を務めさせていただいています。
檜野さんとの記憶をたどりながら、大辞典のような発刊記念ダイジェスト版のページをめくり「ゆーとぴあ」をあらためて読みました。
昭和44年2月創刊時の泉は人口2万4000人の泉町、2年半後には人口3万7000人の泉市となり、その17年後人口13万7000人の泉市は仙台市と合併して仙台市泉区となり、それから20年政令市仙台の中でも成長エンジンであった泉の歴史を「ゆーとぴあ」誌は綴り続けています。
団地の造成とともに人口が増え続け、新しい町内会が生れ、学校が続々と開校していくなど成長のエネルギーと希望に溢れる泉の歴史がぎっしり「ゆーとぴあ」の中に記されているのです。大きな時代環境の変化の中で、泉に暮らす市民の息遣いがその紙面から伝わってきます。
泉を愛した檜野さんのその愛情の深さに心から敬意を申し上げます。
天国でもきっとペンを握っているだろう父さんに、大震災から必ずや泉区も復興させ未来に希望が持てる泉にしていくことを誓います。
どうぞ安らかにお休みください。合掌