★ 物語の第一回は 阿来『ケサル王』① 縁起-1 です http://blog.goo.ne.jp/aba-tabi/m/201304
物語:ムヤ或いはメイサ
さて、ユズトンバはメイサの言葉を信じ、元の魔国へとチンエンを訪ねに行った。二人は古くからの知り合いだった。そのため、砦にいるチンエンは空中から伝わって来る笑い声を聞いて、すぐにムヤの法王が訪ねて来たと分かった。
チンエンは、メイサとジュクモがムヤへ法器を取りに行ったまま数日経っても戻っていないと聞いていたので、この機に、彼に二人の妃の消息を尋ねようと考えた。そこですぐに門を開け、迎え入れた。
ムヤの法王は待つ間ももどかしくメイサの計略をチンエンに伝え、かつての魔国のを集め、時を申し合わせ、同時にリン国へ攻撃をかけようではないかと持ち掛けた。
チンエンは言った。
「メイサの手紙はないのですか」
ユズトンバは地団駄踏んだ。
「急な話だったので、メイサは手紙を書いていない」
チンエンは早くもメイサの意を汲み取った。メイサとジュクモはムヤで捕らわれの身となり、この知らせをケサルに伝えてほしいということだろう。そこでこう答えた。
「それでは何かメイサのしるしとなるものをお持ちですか」
ユズトンバは何も持っていなかった。
「私チンエンとメイサは亡くなった王様のことをいまだ忘れてはいません。だが、彼女の手紙やしるしとなるものがなくては、真偽が分からず、あなたの命を聞くわけには参りません」
ユズトンバは仕方なくメイサのしるしを取りにムヤに帰った。
こうしてチンエンはケサルに報告する時間を稼ぐことが出来た。
ユズトンバがしるしの品を持って戻ると、チンエンは快く承知し、三七二十一日後に魔国の旧軍をムヤに到着させ、ムヤの精兵と共にリン国を攻めることを約した。
ユズトンバは魔国から戻ると、うれしくてたまらず宴席を設けて旅の疲れを落とそうと、メイサに相伴させた。メイサは酒を注いで成功を祝ったが、ジュクモのことを尋ねられるのではと不安でたまらなかった。
法王はメイサが次々と勧めるうま酒に誘われ、酔いつぶれてぐっすりと眠ってしまった。
一方チンエンは、部下に兵馬を集めて出征の準備をするよういい付け、自分はすぐさまケサル国王に会いに出かけた。
ケサルは聞き終わると言った。
「そなたの考えか聞かせてくれ」
チンエンは答えた。
「私が魔国の軍を率い、ムヤの軍とともに王様が決められた場所へ連れて参ります。その時、魔国軍は赤い旗を印とし、ムヤの軍は黒い旗を印とします。リン国の軍が潜んでいる場所へ着いたら、内と外で呼応し、一気にムヤの軍を滅ぼしましょう」
ケサルは隣にいるザラに言った。
「チンエンはこのように忠実で勇敢、謀事も出来る。今後、もし何かあれば彼を頼りにするがよい」
ザラは国王に警告した。
「魔の地からムヤまで、十八の険しく狭い雪道を通らなくてはなりません。徒歩で進む大軍が約束の日までに到着するのは難しいのではないでしょうか」
そこでケサルは命じて緑色の馬の尾を持って来させ、チンエンに申し渡した。雪山と氷河を通る時この緑色の馬の尾を腰にまけば、大軍は神馬の力を借りて難所を通り抜けることが出来る、と。
チンエンは命を承知し、約束した期日以内にムヤに到着した。
ユズトンバは心から喜び、酒の席を設けさせ、チンエンと彼の部下の大将をもてなした。ユアントンバは兄のリン国に侵入しようと言う鉄の意志を見て、心中不安でならず、兄に向かって、今の世で武術でケサルと優劣を競える者はいない、と力説した。
チンエンはそれを耳にして間髪を入れず忠告した。
「大王様。目を閉じても災難は訪れます、耳を塞いでも、雷は鳴り渡ります。リン国を恐れても無駄です。ケサルは向こうから攻めて来るでしょう」
次の日早く、ムヤ軍は魔国の軍と合同し、リンへ向かって出発した。
十日後、チンエンはムヤの大軍をリン国軍が待ち伏せしているただ中に連れて行った。戦いが起こり、ムヤ軍は必至で抵抗していたが、あろうことか、魔国の軍が旗を振って突貫して来て、内部でからも攻撃を受けた。
昼に第一矢が放たれてから黄昏時までに、ムヤ軍の黒い旗は半分以上が倒れた。
ケサルは間もなく日が暮れると見て、馬を駆って陣に入り、ちょうどチンエンと戦っていたムヤの法王を馬の上から引き剥がし、まるで皮の袋を扱うかのように空中で何十回となく回転させ、それから地面に放り投げた。
ムヤの法王は、目がまわり、足の力は萎え、何度も起き上がろうとしたがそのたびに地上に座り込んだ。法王はそのまま呪文を唱え、ムヤの各地に隠してある法器に助けを求めたが、ケサルは先にそれを上回る法力でリンとムヤの境界に大きな壁を設けていて、ユズトンバの念力は通り抜けられなかった。
この時、押し寄せて来たリン軍は一斉に声を挙げた。殺せ!殺せ!殺せ!
ムヤ王は一つため息をつくと、弟の勧めを聞かなかったことを悔い、目を閉じたまま身を起こし、首を差し出した。
ケサルは叫んだ。
「早まるな。凶暴で傲慢なムヤ王のため息から深い後悔が聞こえて来るではないか。ユズトンバよ、言いたいことがあれば述べよ」
「ケサル王よ。そなたの法力には降参だ。ワシの罪を許せとは言わない。ただ、かつてリン国と盟を誓ったよしみを思い、民は苦しませないでくれ。
その恩に報いるため、ワシが死んだ後は、ワシが鍛錬した法器をすべて存分に使ってもらうこととしよう。
もう一つ、弟ユアントンバは心優しく、リン国に対して常に忠誠を誓って来た。やつに罰を与えないでほしい」
ケサルは言った。
「死に臨んで善なる言葉を述べたそなたの心を思い、地獄に送るべきところだが、よいだろう、安心されよ。
そなたの魂を清浄な仏の国へと導こう。さあ、行くがよい!」
言い終わるや否や、手のひらから強烈な光が一筋伸びて行き、ユズトンバの体を地に投げ付けた。
肉体から抜け出た魂は、憂いも悩みもなく、欲も迷いもない浄土へと得度された。
物語:ムヤ或いはメイサ
さて、ユズトンバはメイサの言葉を信じ、元の魔国へとチンエンを訪ねに行った。二人は古くからの知り合いだった。そのため、砦にいるチンエンは空中から伝わって来る笑い声を聞いて、すぐにムヤの法王が訪ねて来たと分かった。
チンエンは、メイサとジュクモがムヤへ法器を取りに行ったまま数日経っても戻っていないと聞いていたので、この機に、彼に二人の妃の消息を尋ねようと考えた。そこですぐに門を開け、迎え入れた。
ムヤの法王は待つ間ももどかしくメイサの計略をチンエンに伝え、かつての魔国のを集め、時を申し合わせ、同時にリン国へ攻撃をかけようではないかと持ち掛けた。
チンエンは言った。
「メイサの手紙はないのですか」
ユズトンバは地団駄踏んだ。
「急な話だったので、メイサは手紙を書いていない」
チンエンは早くもメイサの意を汲み取った。メイサとジュクモはムヤで捕らわれの身となり、この知らせをケサルに伝えてほしいということだろう。そこでこう答えた。
「それでは何かメイサのしるしとなるものをお持ちですか」
ユズトンバは何も持っていなかった。
「私チンエンとメイサは亡くなった王様のことをいまだ忘れてはいません。だが、彼女の手紙やしるしとなるものがなくては、真偽が分からず、あなたの命を聞くわけには参りません」
ユズトンバは仕方なくメイサのしるしを取りにムヤに帰った。
こうしてチンエンはケサルに報告する時間を稼ぐことが出来た。
ユズトンバがしるしの品を持って戻ると、チンエンは快く承知し、三七二十一日後に魔国の旧軍をムヤに到着させ、ムヤの精兵と共にリン国を攻めることを約した。
ユズトンバは魔国から戻ると、うれしくてたまらず宴席を設けて旅の疲れを落とそうと、メイサに相伴させた。メイサは酒を注いで成功を祝ったが、ジュクモのことを尋ねられるのではと不安でたまらなかった。
法王はメイサが次々と勧めるうま酒に誘われ、酔いつぶれてぐっすりと眠ってしまった。
一方チンエンは、部下に兵馬を集めて出征の準備をするよういい付け、自分はすぐさまケサル国王に会いに出かけた。
ケサルは聞き終わると言った。
「そなたの考えか聞かせてくれ」
チンエンは答えた。
「私が魔国の軍を率い、ムヤの軍とともに王様が決められた場所へ連れて参ります。その時、魔国軍は赤い旗を印とし、ムヤの軍は黒い旗を印とします。リン国の軍が潜んでいる場所へ着いたら、内と外で呼応し、一気にムヤの軍を滅ぼしましょう」
ケサルは隣にいるザラに言った。
「チンエンはこのように忠実で勇敢、謀事も出来る。今後、もし何かあれば彼を頼りにするがよい」
ザラは国王に警告した。
「魔の地からムヤまで、十八の険しく狭い雪道を通らなくてはなりません。徒歩で進む大軍が約束の日までに到着するのは難しいのではないでしょうか」
そこでケサルは命じて緑色の馬の尾を持って来させ、チンエンに申し渡した。雪山と氷河を通る時この緑色の馬の尾を腰にまけば、大軍は神馬の力を借りて難所を通り抜けることが出来る、と。
チンエンは命を承知し、約束した期日以内にムヤに到着した。
ユズトンバは心から喜び、酒の席を設けさせ、チンエンと彼の部下の大将をもてなした。ユアントンバは兄のリン国に侵入しようと言う鉄の意志を見て、心中不安でならず、兄に向かって、今の世で武術でケサルと優劣を競える者はいない、と力説した。
チンエンはそれを耳にして間髪を入れず忠告した。
「大王様。目を閉じても災難は訪れます、耳を塞いでも、雷は鳴り渡ります。リン国を恐れても無駄です。ケサルは向こうから攻めて来るでしょう」
次の日早く、ムヤ軍は魔国の軍と合同し、リンへ向かって出発した。
十日後、チンエンはムヤの大軍をリン国軍が待ち伏せしているただ中に連れて行った。戦いが起こり、ムヤ軍は必至で抵抗していたが、あろうことか、魔国の軍が旗を振って突貫して来て、内部でからも攻撃を受けた。
昼に第一矢が放たれてから黄昏時までに、ムヤ軍の黒い旗は半分以上が倒れた。
ケサルは間もなく日が暮れると見て、馬を駆って陣に入り、ちょうどチンエンと戦っていたムヤの法王を馬の上から引き剥がし、まるで皮の袋を扱うかのように空中で何十回となく回転させ、それから地面に放り投げた。
ムヤの法王は、目がまわり、足の力は萎え、何度も起き上がろうとしたがそのたびに地上に座り込んだ。法王はそのまま呪文を唱え、ムヤの各地に隠してある法器に助けを求めたが、ケサルは先にそれを上回る法力でリンとムヤの境界に大きな壁を設けていて、ユズトンバの念力は通り抜けられなかった。
この時、押し寄せて来たリン軍は一斉に声を挙げた。殺せ!殺せ!殺せ!
ムヤ王は一つため息をつくと、弟の勧めを聞かなかったことを悔い、目を閉じたまま身を起こし、首を差し出した。
ケサルは叫んだ。
「早まるな。凶暴で傲慢なムヤ王のため息から深い後悔が聞こえて来るではないか。ユズトンバよ、言いたいことがあれば述べよ」
「ケサル王よ。そなたの法力には降参だ。ワシの罪を許せとは言わない。ただ、かつてリン国と盟を誓ったよしみを思い、民は苦しませないでくれ。
その恩に報いるため、ワシが死んだ後は、ワシが鍛錬した法器をすべて存分に使ってもらうこととしよう。
もう一つ、弟ユアントンバは心優しく、リン国に対して常に忠誠を誓って来た。やつに罰を与えないでほしい」
ケサルは言った。
「死に臨んで善なる言葉を述べたそなたの心を思い、地獄に送るべきところだが、よいだろう、安心されよ。
そなたの魂を清浄な仏の国へと導こう。さあ、行くがよい!」
言い終わるや否や、手のひらから強烈な光が一筋伸びて行き、ユズトンバの体を地に投げ付けた。
肉体から抜け出た魂は、憂いも悩みもなく、欲も迷いもない浄土へと得度された。