帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの小町集 34 いはのうへに、35 世をそむく

2014-01-25 00:06:49 | 古典

    



               帯とけの小町集



 小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。



 小町
34


 いそのかみといふ寺にまうでて日のくれにければ、あけてかへらむとて、かの寺に遍照ありと聞きて、こころみにいひやる

 いはのうへに旅寝をすればいと寒し 苔の衣をわれにかさなむ

石上という寺に詣でて、日が暮れたので、明けてから帰ろうということで、この寺に遍照が居ると聞いて、こころみに言い遣る、

(岩の上に旅寝をすれば、とっても寒い、法衣をわたくしに貸してくださいな……女の身の上で旅寝をすれば、身も心も・とっても寒い、虚仮の心身を、わたくしに重ねて欲しいの)。


 言の戯れと言の心

「いは…岩・石・磯…言の心は女」「上…女の敬称」「苔の衣…粗末な衣…法衣」「こけ…苔…粗末な…虚仮…実では無いさま…真ではないさま…俗世のさま」「衣…心身を包むもの…心身の換喩…身と心」「かさなむ…貸して欲しい…重ねて欲しい」「なむ…その事態の実現を強く望む意を表す」。

 


 小町集 35


    かへし

 世をそむく苔の衣はただひとへ かさねばうとしいざふたりねむ

遍照の返歌

(俗世を背く法衣は、ただ単衣、でも、貸さなければ、冷淡だ、さあ、二人で寝ましょう……夜を背く男の、虚仮の心身はただ一重、重ねなければ冷淡だ、いざ、ふたりで寝よう・重ね重ねて)。


 言の戯れと言の心

「世…俗世…夜」「苔の衣…粗末な衣…虚仮の心身…俗世の心身」「衣…心身を包むもの…心身の換喩…心と身」「かさねば…貸さなければ…重ねなければ」「ね…ず…打消しの意を表す」「うとし…冷淡だ…親密さなし…よそよそしい」。

 

長年かけて積んだ煩悩を断つための修行は、小町のこころみの誘惑によって、一夜にして、水の泡となったのだろうか。満たされぬ女の心と身を満たせるならば、いざ、我が身も心もを投げ出そうという歌のようである。



  『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり、同じではない。



 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 古今集真名序には「彼の時、澆漓(薄ぺらい)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。


帯とけの小町集 33 あまのすむ浦こぐ舟の

2014-01-24 00:01:09 | 古典

    



                          帯とけの小町集



 小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。



 小町
33


    さだまらずあはれなる身をなげきて

 あまのすむ浦こぐ舟のかぢをなみ 世をうみわたる我ぞかなしき

男定まらず、哀れなる身を嘆きて……静まらず、あはれなる見を嘆きて

(海人の住む浦漕ぐ舟のよう、楫なくて、世を憂み渡る、わたくしよ、哀しい……吾間の気のすむ、うらこぐ夫根が、かぢをなくして、夜を憂みつづけるわたくしよ、愛おしい)。


 言の戯れと言の心

「定まらず…決まらず…静まらず…おさまらず」「み…身…見…覯…まぐあい」「なげき…嘆き…悲嘆…ため息」。

歌「あま…海士…海女…吾間」「間…をんな」「すむ…住む…済む…澄む…気がすむ」「うら…浦…心…裏…二度目」「ふね…舟…夫根…おとこ」「かぢ…楫…推進力…漕ぐ具」「を…対象を示す…をとこ」「世…夜」「うみ…海…憂み…憂見」「憂…つらい…煩わしい…いやだ」「わたる…渡る…続ける」「かなしき…悲しき…哀しき…いとおしい…かわいそう」。

 

言の戯れと言の心で聞くと、歌に顕れる「心におかしきところ」は、藤原俊成のいう「煩悩すなわち菩提」である。自らの性(さが)を「かなしき」という小町は、すでにそれを諦観している。


 

  『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり、同じではない。



 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 古今集真名序には「彼の時、澆漓(薄ぺらい)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。


帯とけの小町集 31 今はとて 32 人を思ふ

2014-01-23 00:20:25 | 古典

    


               帯とけの小町集



 小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直接伝わるでしょう。



 小町
31


     わすれ
ぬるなめりとみえし人に

 今はとて我身しぐれとふりぬれば 言の葉さへにうつろひにけり

心変わりしたようねと思える男に……見捨てたようねと思える男に

 (いまに冬がと、わが身、時雨と共に過ごしていたので、君の言葉さえ冷たく変わったことよ……いまはの際と、わが身に、おとこしぐれが降ってしまえば、ことの端さえ衰えることよ)。


 言の戯れと言の心

「わすれぬる…気にかけなくなってしまう…心変わりしてしまう…見すててしまう」「見…思い…まぐあい」。

歌「いまは…この時…臨終…いまはの際」「しぐれ…時雨…晩秋の雨…その時のおとこ雨」「ふり…降り…経り…古り…年を経る…盛り過ぎる」「ことのは…言葉…ことの端」「こと…言…異…小門…をんな」「葉…端…身の端」「うつろひ…移ろい…変化…衰え」。

 


 小町集 32


     かへし

 人を思ふ心この葉にあらばこそ 風のまにまに散りもまがはめ

男の返歌

(人を思う心は、木の葉であるからこそ、心に吹く風のままに散り乱れるだろうよ……女を思う心は、この端であるからこそ、飽き・風のままに、枯葉・涸端、散り紛れて見えなくて当然だろうよ)。


 言の戯れと言の心

「このは…木の葉…この端…身の端…おとこ」「風…心に吹く風…飽き風…厭き風」「散りもまがふ…散り乱れる…花や葉が散り乱れ先が見えない」「め…む…推量を表す…当然の意を表す」。

 

小町の歌の「心にをかしきところ」は、薄情なおとこの性情(さが)を悩ましく嘆いている。

男の返しは、涸れ端となって散りまがうだろうよ当然だ、となる。


 

  『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり、同じではない。



 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 古今集真名序には「彼の時、澆漓(薄ぺらい)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。


帯とけの小町集 30 おきの井てみをやくよりも

2014-01-22 00:02:23 | 古典

    



               帯とけの小町集



 小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも伝わるでしょう。



 小町
30


     ゐでのしまといふだいを

おきの井てみをやくよりも悲しきは みやこしまへの別れなりけり

井手の島という題を

(招きの井手・共に暮して、身を焼くよりも悲しきは、都島辺の別れだことよ……君、起き退いて、身を焼くよりもかなしきは、宮こしま辺の・京目前の、別れだことよ)。


 言の戯れと言の心

「おきのゐて…地名…名は戯れる…招きの井手…招く女の手…男来の居て…男木が居て…起き退いて…起きて退出して」「おき…をき…招き…起き…男来」「みやこしま…都島…地名…名は戯れる…宮こしま…京の周囲…感の極みの手前」「みやこ…宮こ…感の極み…山ばのの頂上…京」。

 

この歌、古今和歌集 巻第十 「物名」にあったが、伝本は墨で消してあるという。小町の歌かどうか疑わしいためか、小町の歌にしては、「清げな姿」と「深い心」が弱いためかもしれない。

『伊勢物語』(第115)は、この歌をみごとに引用して物語にしている。

昔、陸奥国にて、男と女が住んでいた。男「みやこへいなむ(都へ帰る…宮こへ逝く)」という。この女、いとかなしうて(とっても悲しくて…とっても愛おしくて)、餞別の宴をしましょうといって、「おきのゐて都島」という所で、男に・酒飲ませて、詠んだのだ、という。


 

  『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり、同じではない。



 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 古今集真名序には「彼の時、澆漓(薄ぺらい)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。


帯とけの小町集 29 よひよひの夢のたましひ

2014-01-21 00:13:22 | 古典

    



               帯とけの小町集



  小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも伝わるでしょう。



 小町
29


    (つねにくれどえあはぬ女のうらむる人に)

 よひよひの夢のたましひあしたゆくありてもまたむとぶらひにこそ

(宵々の夢の、君の魂、朝消えて行く、移っても、待っているわ、尋ねて来てよ……好い好いの夢の情念、朝に逝く、でも、待っているわ、弔いに来いよ・君の魂でしょ)。


 言の戯れと言の心

「よひ…宵…酔い…好い…こころよい」「たましひ…魂…想念・情念…玉しひ」「ありても…移っても…在っても…であったとしても」「とぶらひ…訪い…訪問…ご機嫌伺い…弔い…弔問」「こそ…こぞ…来てよ…来るのよ」「こ…来の命令形」「そ…ぞ…強調」。

 

万葉集巻第十五の「たましひは」と詠んだ娘子の歌を聞きましょう。

 たましひはあしたゆふへにたまふれど あが胸いたしこひのしげきに

(魂は朝に夕にと賜わるけれど、わたしの胸は痛い、恋が頻繁で……君の情念は、朝に夕にと頂くけれど、わたしの胸は感に堪えないの、乞いの思い頻りで)。

「たましひ…魂…想念・情念」「いたし…痛し…苦痛だ…感に堪えない」「こひ…恋…乞い…求め…来い…来てよ」。

 

「常にくれどえあはぬ女のうらむる人に」という詞書の歌七首を聞き終えた。小町の男との離別歌と思われる。これは、恋文に色よい歌を返すよりも遥かに難しいでしょう。手厳しく辛辣な「心におかしきところ」に、きっぱりとした小町の離別の意志が顕れている。


 

  『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり、同じではない。



 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。


 古今集真名序には「彼の時、澆漓(薄ぺらい)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。


 紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。


 貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。