帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第一 春歌上(41)春の夜の闇はあやなし梅花

2016-10-10 18:43:51 | 古典

               


                              帯とけの「古今和歌集」

                    ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――


  
「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、隠れていた歌の「心におかしきところ」が顕れる。それは、普通の言葉では述べ難いことなので、歌から直接心に伝わるよう紐解く。


 「古今和歌集」巻第一 春歌上
41


          春の夜、梅花をよめる        (
躬恒)

春の夜の闇はあやなし梅花 色こそ見えね香やはかくるゝ

        (春の夜、梅の花を詠んだと思われる・歌……張るの夜、おとこはなを詠んだらしい・歌) (躬恒

(春の夜の闇は、不条理だ、彩のない梅の花、色が見えない、香りは隠れるか、かくれないことよ……春情の・張るの、夜の止みは不条理だ、おとこ端、形と色情が見えない、香りはなくなったか、なくならないのだなあ)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「春…季節の春…春情…張る」「闇…やみ…止み…中止…夭折」「あやなし…彩無し…色彩・彩度が無い…綾紋様が無い…条理が無い…益がない…役立たず」「梅花…男花…おとこ花…おとこ端」「色…色彩…有形のもの…色情…色欲」「見…目で見ること…思うこと…覯…媾…まぐあい」「やは…反語の意を表す…疑問の意を表す」「(やは)かくるる…隠れるものか、かくれはしない」「隠る…失せる…無くなる…亡くなる…逝く」「るる…可能の意を表す『る』の連体形止め、余韻・余情がある」。

 

春の夜の闇は不条理だ、梅の花の色彩を見えなくして、香は隠しも消しもできないのだな。――歌の清げな姿。これも、一見すると普段着での雑談のようにみえる。

張るものの、夜中の止みは不条理だ、役立たないおとこ端、かたちも色情も見得ない・お隠れになったか、白々しい・香りを後に残して。――心におかしきところ。

 

鴨長明(平安時代末期の人)の『無名抄』に、歌の師の俊恵法師曰くとして「真、躬恒のこと、よみ口深く思入りたる方は、又類なきものなり」とある。これは、躬恒の歌の特長を言い表した言葉に違いないが、歌の「清げな姿」しか見えない人には、意味不明である。少しであるけれども、躬恒の歌の「心におかしきところ」に触れたので、今のところ、次のように読みとる事が出来る、「ほんとうに、躬恒の歌は、(エロスの)詠み口深く、思いのこもった表現方法は、ほかに類例の無い(特異な)ものである」。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本に依る)