帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

新・帯とけの「伊勢物語」  (二十四)  むかし男かたゐなかにすみけり

2016-05-10 19:22:54 | 古典

             



                         帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直しています。

「いせの物語」は、女と男の身と心を、とり繕うことなく語り、「怨んでいる男から女に送られてきそうな、嫌なことや、いやらしいことが、書いてある」と、清少納言のように、あらかじめ予測していなければ、つまり、この文脈に身を置かなければ、読みとり難い物語である。


 

 伊勢物語(二十四) むかし男かたゐなかにすみけり

 

 昔、男、かたゐなかにすみけり(片田舎に住んでいた…片井中にすんでいた)。男は、宮仕えしに、とて(ということで…ということにして)、わかれをしみて(別れを惜しんで…別れ辛そうにして)行ったまま、三年帰って来なかったので、女は待ちわびていたけれど、とっても親切に言い寄っていた、別の・男に、「こよひあはむ(今宵、お合いしましょう)」と契ったので、この男、来たのだった。「このとあけたまへ(この戸開け給へ…この門開き給え)」と、たたきけれど(叩いたけれど…多、長き・まながれど)、あけで(開けないで…開かずに)、歌を、詠んでさし出したのだった。

 あらたまの年のみとせを待ちわびて ただ今宵こそにひまくらすれ

 (新玉の年の三年を、待ち侘びて、ただ今宵こそ、新枕交わす・のに……新玉の敏しの身と背を待ちわびて、ただ・今、こ好いこそに、ひまくらする・干からびる)と言い出したので、

 あづさ弓ま弓つき弓年を経て 我がせしがごとうるはしみせよ

 (梓弓、真弓、槻弓、長引く年を経て、我が為した如く・先を期待して、麗しく暮らせよ……あづさ弓、ま弓、つき弓、弓張りの敏しつきを経て、我がしていることに、潤しみみせよ)と言って、いなむとしければ(去って行こうとしたので)、女、

 あづさ弓引けど引かねど昔より 心は君に寄りにしものを

 (梓弓、引けど引かねど、以前より心は、親切な・君に寄っていましたものを……あづさ弓張り、引けど引かねど以前より、心は君に寄り添っていましたものを)と言ったけれど、男は去って行った、女、とっても悲しくて、すぐ後を追って行ったが、追いつけなくて、清水のある所に倒れ伏したのだった。そこにあった岩に、お指の血で書き付けた。

 あひ思はでかれぬる人を留めかね わが身は今ぞ消え果てぬめる

 (相思うことができなくて離れた人を留めかね、わが身は今、消え果ててしまいそう……合い思えず、離れた男を止めかね、わが身は今になって、消え果て、ぬめる) と書いて、そこに、いたづらになりにけり(むなしいことになってしまった…亡くなってしまった)。


 

「言の心」を心得え「言の戯れ」を知る

 「かたゐなか…片田舎…片井中」「片…不十分な…不完全な…不都合なところのある」「ゐ…井…おんな」「宮つかへしにとて…宮づかえしに往くという口実で、ほんとうは片井中が原因で(三年前の男は本当のことは言えずに・去ったのである)」「と…戸…門…おんな」「たたき…(戸を)叩き…たたきまながり…多長き愛撫し」。

「にひまくら…新枕…初夜…(その時に)干まくら…干捲ら」「ひ…干…ひからびる」「まくら…捲ら…しきりにそうなる」「ら…状態を表す」。

「あづさ…梓…弓材の名…弾力強い」「ま…真…まことの」「つき…槻…弓材の名…弾力強い…突き」「ゆみ…弓…張るもの…射るもの…弓張り…月人をとこ…おとこ」「うるはしみ…麗しく…美しく…清く…潤む…ぬれる」。

「ひき…引き…男の立場でいう、めとる、まぐあう」。「清水…清い水…清い女…麗しい女」「水…言の心は女」「いは…岩…言の心は女」。

「ぬめる…(消え果てて)しまいそう…ぬかるむ…ぬめりこむ…(清水のある所の沼地に)ぬめる」。


 

 諸国に清水と名のある所は多いけれど、今は昔、近江の国に、塚か祠があって、この女が祭られてあったという。おんなの病になやむ人は、京を未明に発って、人目につかないようにお参りして、夕暮れに帰ってきたという。


 (2016・5月、旧稿を全面改定しました)。