帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

新・帯とけの「伊勢物語」 (二十一)  いでていなば心軽しといひやせむ

2016-05-07 18:37:51 | 古典

             



                         帯とけの「伊勢物語」



 紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観で、在原業平の原作とおぼしき「伊勢物語」を読み直している。「いせの物語」を、女と男の身と心の物語として読めば、とり繕い飾った物語では無いので、まず、下劣と貶したくなり、やがてその深い心に触れ、世の波に消されてはならない物語だとわかる。清少納言や紫式部の「伊勢物語」の読後感に共感できる読み方が必ずある。


 

 伊勢物語(二十一) 出でていなば心かるしといひやせむ

 

 むかし、男と女、たいそう堅く思いを交わしていて、他の心はなかった。それなのにどのような事があったのだろうか、些細なことについて、世の中(男女の仲…夜の中)を憂しと思い、いでゝいなん(男は・出家しよう…おとこは・井出よう)と思って、このような歌を詠んで物に書き付けたのだった。

 いでゝいなば心かるしといひやせむ 世のありさまを人は知らねば

 (家・出て行ったならば心軽いと言うだろうか、世の有り様を女は知らないから……井出てゆけば、心軽いと言うだろうか、男の・夜のありさまを女は知らないので)と詠み置いて、いでていにけり(出でて去ったのだった…井でて逝ってしまった)。

この女、このように書き置いてあるのを、へんなこと、思い当たることも覚えもないので、何によってこうなるのかしらと、ひどく泣いて、どちらの方へ、彼を・求めに行こうかと、門にでて、こうして見、ああして見てみたけれど、何処かとも覚えなければ、思い返して、

思ふかひなき世なりけり年月を あだに契りて我やすまひし

(相思うかいのない世の中だこと、年月をいたずらに契り交わして、わたしは、この世に住んでいたのか……思うかいのない女と男の夜だこと、疾しつきをいたずらに契り交わして、わたしは相撲でもしていたのかしら)と言って、もの思いに沈んでいて、

人はいさ思ひやすらん玉かづら おもかげにのみいとど見えつつ

(あの・人は、さあわたしを思っているのでしょうか、冠の・玉葛の飾り、その面影だけは、はっきり見えている……この・人は、さあ何を思っているのかしら、玉葛のように這い伏す面影に、その身、細・糸ぞ、見え、筒)

この女、ずいぶん久しくそのままでいて、ねむじわびにてやありけん(我慢できなかったのだろうか…念じ詫びたのだろうか)、言ってよこした。

今はとて忘るる草の種をだに 人の心にまかせずもがな

(今となっては人忘れ草の種だけは、人の心に蒔かせないでほしい……今となってはおんな忘れの種だけは、君の心に蒔かなせたくないわ)

返し、

忘れ草うふとたにきく物ならば 思けりとはしりもしなまし

(忘れ草は種蒔き植えると効くとばかり聞いているものだから、あなたをどれほど・思っていたと知りもしないのだろう……忘れ草、摘むと効くものなのに種蒔き植えると効くとばかり聞いているものだから、思いを思ったことも感知しないのだろう)

またまた、それまでよりよけいに言い合って、男、

忘るらんと思ふ心の疑ひに ありしよりけに物ぞかなしき

(見捨てるのでしょうと思う心の疑いのために、いままで以上にもの悲しいよ……見捨てるつもりねと思う心の疑いに、いままでよりもよけいに、わがものが・かわいそうだよ)

返し、

中空にたちゐる雲のあともなく 身のはかなくもなりにけるかな

(なか空にわき起っている心雲の跡もなく、わたしの身は、はかなくなってしまったことよ……わが中空に、立ち入る、もやもやとした物の跡もなく、身がはかなくなったことよ)とは言ったけれど、をのが世ゝになりにければ(離別して・各々それぞれの男女の世となったので)、うとくなりにけり(お互い疎遠となった…遠い日のできごとになった)。


 

「言の心」を心得え「言の戯れ」を知る

「かしこく…思い深く…堅く…並みでは無く」。「いでて…出でて…(家を)出て…射出て…井出て」「い…ゐ…井…おんな」「いなば…去されば…行けば…逝けば」「世…世間…男女の仲…夜の仲」。

「見…覯…まぐあい」「年月…疾し尽き…(女性からみて疾患とも思える男性の一般的に)早い尽き」「すまひし…住んでいた…相撲していた」。

「玉かつら…冠の飾り…つる性のかづら…這い伏すもの」「玉…美称」「いとゝ見えつゝ…はなはだはっきりと見えている…(白・細)糸、見えている」「つつ…継続を表す…筒…中空…空しいおとこ」。

「わするる草…摘むと人忘れができるという草、種を蒔いても植えても効きめはない、摘めば人を忘れられるという」「忘れ草…忘れられ女」「草…言の心は女」「物ぞかなしき…なんとなくもの悲しい…わがものが愛しく可哀想」「かなし…いとおしい…かわいそう…いたましい」。

「中そら…中空」「空…天…あま…あめ…女…おんな」「雲…ふわふわとした軽い物…煩わしくも心にわきたつもの…情欲など…ひろくは煩悩」。

 

和合ならぬ女と別れた遠い日の追憶。身も心も奇妙にくい違っているが、どうしょうもなさそう。


 (2016・5月、旧稿を全面改定しました)。