帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第三 冬 (百四十六)(百四十七)

2015-04-13 00:13:09 | 古典

        


 

                     帯とけの拾遺抄



 藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまった歌の「心におかしきところ」が蘇えるだろう。そうすれば、和歌の真髄に触れることができ、この時代の歌論や言語観が内部から見えるようになる。それを簡単に言えば、貫之は「歌の表現様式を知り、言の心を心得る人は、歌が恋しいほどおもしろくなるだろう」と述べ、清少納言は「聞き耳(によって意味の)異なるもの、それが我々の言葉である」と述べ、俊成は「歌の言葉は浮言綺語の戯れに似ているが、その戯れに歌の主旨や趣旨が顕れる。それはいわば煩悩である」と述べたのである。


 

拾遺抄 巻第四 冬 三十首

 

平定文家の歌合に                     (読人不知)

百四十六 しものうへにふるはつ雪のあさこほり  とけずも物をおもふころかな

平定文家の歌合に                     (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(霜の上に降る初雪が、朝、氷っていて、未だ・解けないのに、早くも・何かと思い煩うころだことよ……身の・下の上に降る、初逝きの、浅こ掘り、未だ・解けないのに、また恋しく・物を思うころだこと)

 

言の心と言の戯れ

「しも…霜…下…白…色の果て」「うへ…上…女」「はつ雪…初雪…初逝き…発白ゆき」「あさ…朝…浅…深くない…厚情ではない」「こほり…こおり…氷り…こ掘り…井掘り…まぐあい」「とけずも…解けずも…(氷の)解ける間もなく…昼も来ないのに」「物を…色々な事を…明快には言えない物を…おとこを」「を…対象を示す…お…おとこ」「かな…感動・感嘆・詠嘆の意を表す」

 

歌の清げな姿は、朝霜の上に降った初雪の景色を何となく眺めている女人。

心におかしきところは、初逝きの白ゆき消えないのに、また物を思う女の心。

 

 

はつ雪を見侍りて                  かげあきら

百四十七 宮こにてめづらしくみるはつ雪を 吉野の山はふりやしぬらむ

初雪を見て                     源景明

(都に居て、珍しいと見る初雪よ、吉野の山では、今頃・降ってしまっているだろうなあ……京にて、愛でて見る、発つゆきよ、好しのの山ばでは、降れば死んでしまうのだろうかなあ)

 

言の心と言の戯れ

「宮こ…都…京…ものの極まったところ…感の極み」「めづらしくみる…珍しく見る…愛づらしく見る」「見…覯…媾…まぐあい」「はつ雪…初雪…初逝き…発白ゆき」「を…対象を示す…お…おとこ」「吉野の山…雪深い山…山の名…名は戯れる。良しのの山、好しのの山ば」「ふりやしぬらむ…(今頃はきっと)降ってしまっているだろうなあ…振って死んだのだろうかなあ」「や…疑いを表す…詠嘆を表す」「しぬ…してしまった…してしまう…完了したことを表す…死ぬ…逝く」「らむ…推量する意を表す」

 

歌の清げな姿は、都にふる初雪を愛で吉野山の雪に思いをはせる様子。

心におかしきところは、「宮こ」にて白ゆきふるのは、ものの死だろうかというところ。


 おとこの性(さが)のはかなさを見事に表現した。


 

上の歌のような「言の心と言の戯れ」があると心得えれば、清少納言「枕草子」(一段)の冬について述べた文章を、当時の読者の女たちと同じレベルで読めそうである。

 

冬はつとめて、雪のふりたるはいふべきにあらず。雪のいとしろきも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ起して、炭もてわたるもいとつきづきし、昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火おけの火もしろき灰がちになりて、わろし。

 

「冬は朝、雪が降ってあるのは、いふべきにあらず(表現できないほどすばらしい)。雪のとっても白いのも(同じくすばらしい)、また、雪でなくとも、とっても寒いので、火など急ぎおこして、炭火を持って渡って来るのも、とっても相応しい(状景である)。昼になって、緩く暖まってくると、火桶の火も白き灰がちになって、わろし(良くない)」。

 

字義の通り読むならば、このように(素晴らしい)などという言葉を勝手に補って無難に解釈することになる。おそらく、大方の国文学的解釈はこれに近いだろう。しかし、最後に(白いのは)「わろし」と結んであるのだから、雪も、その色の白も、否定的に捉えてあるとすべきである。それには、「ゆき…雪…逝き…おとこ白ゆき…おとこの逝き」「白…色(色情)失せた…おとこのものの色」などと、当時、意味が戯れていたと心得ると、枕草子のこの冬の文章は次のように聞こえる。

 

冬は朝、雪が降ってあるのは、いふべきにあらず(言うべきではない、わびしく、みすぼらしい)。雪のとっても白いのも(色果てて、わろし)、また、さらでも(雪でなくても)、とっても寒いので、火など急ぎおこして、炭火を持って渡って来るのは、とっても相応しいが、昼になって、緩く暖まってくると、火桶の火も、白き灰がちになって(昨夜の色ごとの燃え滓になって)、わろし(良くない)。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。