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帯とけの拾遺抄
藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って拾遺抄の歌を紐解いている。
歌の「心におかしきところ」は、近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまったが蘇えるだろう。和歌を中心にした古典文芸は、人の「奥深い心」をも表現しているのに、今、人々に見えているのは氷山の一角、歌の「清げな姿」のみである。
拾遺抄 巻第四 冬 三十首
屏風に 貫之
百三十六 あしひきの山かきくもりしぐるれど もみぢはいとどてりまさりけり
屏風に 紀貫之
(あしひきの山、にわかに曇り、初冬の雨降るけれど、紅葉は、ますます照り輝き増していることよ……あの山ば、急にくもり、見えなくなる・お雨降るけれど、もみ路は、ますます照りまさるなあ)
歌言葉の言の心と言の戯れ
「あしひきの…枕詞」「山…山ば」「かき…接頭語…急に…搔き…おしわけすすむ」「くもり…曇り…暗くなり…見えなくなり」「見…覯…媾…まぐあい」「しぐる…時雨降る…初冬の雨降る…その時のおとこ雨降り折れ逝く…紫式部は、近寄り難いほど優れた人で、このような汚げなことをも、『折り知り顔なるしぐれうちそゝぎて(折り時知り彼お成るお雨射ち注いで)』などと表現する」「もみぢ…紅葉…飽き色…もみ路」「もみ…揉み…もみもみ…身悶え」「ぢ…路…通い路…言の心は女」「てりまさり…照り輝き…色艶増さり…火照り…熱くなり」
歌の清げな姿は、山の紅葉に時雨降る景色。
心におかしきところは、はかないおとこの性(さが)と、おんなの色艶の照り増さり。
(屏風に) 兼盛
百三十七 しぐれゆゑかづくたもとをよそ人は もみぢをはらふ袖かとや見る
平兼盛
(時雨故に被る袂を、他所に居る人は、散りかかる・紅葉を払う袖と見るかも……その時のお雨降る故に、彼尽き・潜る手もとおを、ひとは、もみ路を振り払う、身のそでとか、みるだろうなあ)
歌言葉の言の心と言の戯れ
「しぐれ…時雨…初冬の雨…その時のおとこ雨」「かづく…被る…潜る…沈む…彼尽く」「たもと…衣の袂…手許…手許のもの」「を…対象を示す…おとこ」「よそ人…他所人…異性の人…女」「もみぢ…紅葉…もみ路…みもだえるおんな」「路…言の心は女」「はらふ…払う…はたく…おいはらう」「袖…そで…端…身の端」「か…疑いの意を表す」「とや…疑い詠嘆の意を表す」「見る…思う…見なす」「見…覯…媾…まぐあい」
歌の清げな姿は、時雨降り紅葉散るので袂を被る人のいる景色。
心におかしきところは、はかないおとこのさがに、女の思いを想像して詠嘆する男。
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。