帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔二百三十九〕こと葉なめげなる物

2011-11-28 00:03:56 | 古典

  



                      帯とけの枕草子〔二百三十九〕こと葉なめげなる物



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。

 

 清少納言枕草子〔二百三十九〕こと葉なめげなる物

 
 文の清げな姿

言葉が人を侮っているように思える者、宮の部の祭文読む人。舟漕ぐ者たち。雷の陣の舎人。相撲とり。


 原文 

こと葉なめげなる物、宮のべのさいもんよむ人、舟こぐものども、かんなりのぢんのとねり、すまゐ。


 心におかしきところ

言葉が人を侮っているように思えるもの、宮の辺の願い文読む男、夫根こぐ者ども、上成りの沈の門煉り辞退。


 言の戯れと言の心

「なめげ…侮るような…甞めているような…無礼なような」「宮…宮こ…極まったところ…絶頂」「べ…部…昔からその役目の人…辺…周辺」「さいもん…祭文…祭での神への願い文…女への願いごと」「舟…夫根…おとこ」「こぐ…漕ぐ…分け入り進む」「かんなり…雷…神鳴り…かみ成り…女成就」「かみ…神…髪…上…女」「なり…鳴り…成り…絶頂の宮こへ成り上がること」「とねり…舎人…門練り」「と…門…女」「ねり…練り…ゆっくり行くこと」「すまゐ…すまひ…相撲…辞退…やめる」。

 

  船漕ぐ者どもの無礼な言葉の例は、紀貫之土佐日記に、船が住吉神社の前の海を行くとき、船頭の言葉に腹立てる様子が描かれてある。また、雷の陣の舎人の無礼な言葉の例は、雷が鳴ると清涼殿に警護に来る人たちの、武人特有の言葉を使う様子が枕草子〔二百七十七〕にある。
 これらを知るのは二の次でいい。職域が違えば言葉が多少異なるのを、「なめげ」と指摘しても、心に「をかし」と誰も思わない。

今や、全く聞こえなくなった「心におかしいところ」を聞きましょう。言葉の戯れの中に、ふと、気に入らぬ「男のさが」が見えれば、おとなの女ならば、心に「をかし」と思うでしょう。


 伝授 清原のおうな 

 聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)

 原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。