今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

井山 宝福禅寺(岡山県総社市井尻野)

2021年01月21日 | 神社・仏閣
訪問日 令和2年10月1日

井山 宝福禅寺
初めて訪れる寺で目的は重文の三重塔。ナビの案内により第1駐車場に到着
境内配置図で塔の位置を確認する



訪問日から投稿日まで3ヶ月以上もあり、この配置図は後に投稿するときの参考になる



三重塔(重要文化財)
最初に目に入ってきたのはこの寺を訪れた目的の三重塔



天気にも恵まれた



このまま進むと山門が最後になってしまうので、訪れた順とは異なるが山門から紹介していきたい

山門(登録有形文化財)
寺号標には「寶福禪寺」 第2駐車場に駐めると参拝順序としては流れがいい



現存する伽藍は東面し、山門・仏殿・三重塔を一直線に配し仏殿の北方に庫裏・方丈を配している



山門の先に見えるのが「仏殿」






山門の後ろ姿



仏殿(登録有形文化財)



私の他にもう一人の参拝者がいた



案内板



本尊:虚空蔵菩薩



知恵の菩薩として、人々に知恵を授けるともいわれている



足元に目を向けてみる



天井に目を向けてみる
見る位置や角度によって龍の動きや表情が変化する「 八方睨みの龍」かと思い回っているうちに私の目が回ってしまった



まるで生きているような竜は、毎夜抜け出してその下にある白蓮池の水を飲むので人々に恐れられ
抜け出さないように目に釘を打ち込んだという



絵は江戸時代の画僧鰲山(ごうざん)が描いたのだといわれ
今でも薄暗い仏殿天井を仰ぐと、その竜は生きているかのような動きがある



「雪舟の鼠」
雪舟は、少年時代ここで修行を行った。幼少より絵が上手であった雪舟のエピソードとして鼠の絵の話が残されている
絵を描くことが好きであった雪舟少年は修行もそこそこに絵ばかり描いていた
修行に身を入れさせようと禅師は雪舟を柱に縛り付けて反省を促した
夕刻、様子を見に来た禅師は逃げようとする一匹の鼠を見つけ捕まえようとしたが動かなかった
よく見るとそれは雪舟が流した涙を足の親指で描いたものであったという
それ以来、禅師は雪舟の絵を咎めなくなったといわれている



方丈側から見た仏殿



鐘楼(登録有形文化財)



梵鐘(岡山県指定文化財)
室町中期 応仁2年(1468年)の鋳造



観音堂






「石造如意輪観音像」



庫裏(登録有形文化財)






庫裏の前に置かれている傘のような置物



奥に見えるのが方丈



方丈(登録有形文化財)












「雪舟の鼠」



経蔵(登録有形文化財)



石仏









「雪舟碑」






石仏









三重塔(重要文化財)



総高18.47m
寺伝によれば弘長2年(1262年)鎌倉幕府の執権・北条時頼が寄進して建立したといわれていた



しかし、昭和42年(1967年)に行った解体修理の際、永和2年(1376年)の墨書銘が発見
実際にはもう少し時代が下った南北朝時代の建築であることが確認された



戦国時代の天正3年(1575)に備中兵乱の戦禍に遭い、三重塔などわずかの建物を残してことごとく灰煙に帰した









撮影 令和2年10月1日

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