永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(729)

2010年05月09日 | Weblog
2010.5/9  729回

四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(16)

 四月になりましたので、蔵人の少将たちのご兄弟もみな、宮中に参内しますのに、少将だけは気が滅入って元気もありません。この少将の落胆ぶりに人々はあきれもし、また気の毒にも思いますが、大姫君のご出仕も、もう決まったこととて、なんとも慰めようもないのでした。

四月九日ごろに、大姫君は冷泉院へ出仕なさいます。(帝を退かれている方への参上ですので、入内とは言わないようです)

「右の大殿、御車御前の人々あまた奉り給へり。北の方も、うらめしと思ひ聞こえ給へれど、年頃さもあらざりしに、この御事ゆゑ、しげう聞こえかよひ給へるを、またかき絶えむもうたてあれば、かづけ物ども、よき女の装束ども、あまた奉れ給へり」
――夕霧右大臣は、御乗車や、御前(先駆払い)の人々を玉鬘方に大勢ご奉仕に差し上げられます。雲居の雁も、いままではそれほど親しくはなかったのですが、蔵人の少将のことで、何度か御文のやりとりをしておられましたので、急に知らぬ顔でおりますのも具合が悪いとお思いになり、禄用の被物(かずけ物)や、女物のご装束をどっさりお贈りになります。

 お文には、

「あやしう現心もなきやうなる人の有様を、見給へあつかふ程に、承りとどむることもなかりけるを、おどろかせ給はぬも、うとうとしくなむ」
――すっかり気抜けしております少将の具合を介抱しておりましたが、その間にも、これと言って御用を仰せくださいませんのは、少しご遠慮なさり過ぎではございませんか――

 とありました。

「おいらかなるやうにてほのめかし給へるを、いとほしと見給ふ。」
――穏やかそうなおっしゃり方ながら、やはりご不満のご様子なのを、お気の毒だとご覧になるのでした――

 夕霧からは、ご子息たちを種々のお役に差し出され、「ご遠慮なくお使いください」と、源少将や、兵衛の佐をお寄こしになります。玉鬘のご兄弟の大納言からも、女房たちのための御車を差し向けられます。
 蔵人の少将は、切ない思いを言葉の限り述べつくしての御文を、懇意の女房のおもとという中将をとおして大姫君に差し上げます。

「今はかぎりと思ひ侍る命の、さすがに悲しきを、あはれと思ふ、とばかりだに、一言宣はせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせむ」
――もう今は限りと思い切っている命ですが、それでもさすがに悲しくて…。せめて姫君から、気の毒な、とだけでも一言仰せくださるなら、それに命を繋ぎとめて、しばらくは生き長らえるでしょう――

◆うたてあれば=うたて有り=いやだ。嘆かわしい。どうも具合が悪い。

ではまた。