永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(746)

2010年05月26日 | Weblog
2010.5/26  746回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(4)

 八の宮は、仏の道を思えば、愛らしい姫君たちとの絆さえも出家へ妨げだとの不本意さに、思うにまかせぬ身の定めを諦めていらっしゃって、心ばかりはすっかり聖めいておいでになるのでした。

 いろいろな方々が、

「などかさしも。別るる程のかなじびは、また世に類なきやうにのみこそは、覚ゆべかめれど、あり経れば然のみやは。なほ世人になずらふ御心づかひをし給ひて、いとかく見苦しくたづきなき宮の内も、おのづからもてなさるるわざもや」
――どうしてまあ、それほどに。死別同時の悲しみは、世にまたとない風にばかり思うようですが、月日が経てばそうばかりでしょうか。やはり世間並みに従って北の方を迎えられれば、これほどの見苦しい御邸内も、自然と整っていくというものでしょうに――

 と、宮に似つかわしそうなご縁談を申し上げることも多いようですが、そのようなお話には一向に耳を傾けられないのでした。

「御念誦のひまひまには、この君達をもてあそび、やうやうおよずけ給へば、琴ならはし、碁うち、扁つきなど、はかなき遊びわざにつけても、心ばへどもを見奉り給ふに、姫君は、らうらうじく、深く重りかに見え給ふ。若君は、おほどかにらうたげなるさまして、物づつみしたるけはひに、いとうつくしう、さまざまにおはす、」
――(宮は)お念誦の間にはお二人の姫君たちをお相手になさって、次第に成長なさると、琴や碁、扁つきなどのちょっとしたお遊びの中に、お二人の性格をご覧になります。
大君は、才たけて、慎重で重々しくお見えになりますし、中の君はおっとりと可憐で遠慮深そうで大変愛らしく、姉妹はそれぞれすぐれておられるのでした――

 宮は、時には一人残された寂しさに涙をおしのごい、熱心な勤行のせいで痩せていらっしゃいますが、それが却って上品に優雅ですし、姫君たちを養育される時のお心遣いで、直衣も柔らかいものを召して、くつろいでいらっしゃるご様子は、なんとも言えずご立派です。

◆扁つき・偏つぎ(へんつき)=偏つぎとは漢字の偏と旁(つくり)を使っての文字遊戯で、主に女性や子供が漢字の知識を競うために行った遊びである。その方法は未明であるが、旁に偏を付けて文字を完成させる、詩文の漢字の偏を隠し、旁だけを見せてその偏を当てさせる、また逆に偏だけ見せてその字を当てさせる、一つの偏を取り上げてその偏の付く漢字をいくつ書けるか競う、などと思われる。 
写真と参考:風俗博物館

◆重りかに=重々しい。落ち着いたさま。

◆物づつみ=遠慮がちで

ではまた。