2010.5/17 737回
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(24)
前の尚侍(以前までの尚侍である玉鬘)は、いっそのこと尼になろうと心に決めますが、ご子息たちが、
「方々にあつかひ聞こえ給ふ程に、おこなひも心あわただしうこそ思されめ。今すこし何方も心のどかに見奉りなし給ひて、もどかしき所なく、ひたみちにつとめ給へ」
――大姫君や中姫君のお世話をなさる間は、仏のお勤めも、心落ち着いてお出来になれないでしょう。もう少し、どちらも安心できるまで見届けられてから、世間の非難がないように、お勤めなさいませ――
と、お止になりますので、出家は思い留まられます。
「内裏には時々しのびて参り給ふ折もあり。院には、わづらはしき御心ばへのなほ絶えねば、さるべき折もさらに参り給はず」
――(玉鬘は)中の君(新尚侍)のお世話に、ときどきこっそりと内裏に参上される時もありますが、冷泉院の恋心が今でもご面倒にも絶えないご様子ですので、院の方へは
参らねばならぬ時にも参上なさらない――
玉鬘はお心の中で、
「いにしへを思ひ出でしが、さすがに、かたじけなう覚えしかしこまりに、人の皆ゆるさぬ事に思へりしをも、知らず顔に思ひて参らせ奉りて、みづからさへ、たはぶれにても、若々しきことの世に聞こえたらむこそ、いとまばゆく見苦しかるべけれ」
――昔、自分が冷泉院の御意に背いて、髭黒に嫁したことが思い出され、さすがに勿体なくも畏れ多くも思われて、そのお詫びにと、世間の人が皆筋違いだと考えていらした様子をも知らぬ顔に、大姫君を差し上げて、その上自分までも、ご冗談にも院との間に、年甲斐もない噂がひろまったなら、どんなに恥ずかしく見っともない事でしょう――
もっとも、このような事情を、
「さる忌により、と、はた御息所にもあかし聞こえ給はねば」
――口にすることのできない理由のあることを、御娘の御息所にも打ち明けてはおられませんので――
大姫君は、母上は昔から私よりも妹の中の君に愛情が強くていらっしゃると、恨めしく思っておられる。院は別な意味で玉鬘を情れない人だと仰せられて、院と御息所のお二人は、日毎ますます仲睦まじくなっていらっしゃるのでした。
ではまた。
四十四帖 【竹河(たけがわ)の巻】 その(24)
前の尚侍(以前までの尚侍である玉鬘)は、いっそのこと尼になろうと心に決めますが、ご子息たちが、
「方々にあつかひ聞こえ給ふ程に、おこなひも心あわただしうこそ思されめ。今すこし何方も心のどかに見奉りなし給ひて、もどかしき所なく、ひたみちにつとめ給へ」
――大姫君や中姫君のお世話をなさる間は、仏のお勤めも、心落ち着いてお出来になれないでしょう。もう少し、どちらも安心できるまで見届けられてから、世間の非難がないように、お勤めなさいませ――
と、お止になりますので、出家は思い留まられます。
「内裏には時々しのびて参り給ふ折もあり。院には、わづらはしき御心ばへのなほ絶えねば、さるべき折もさらに参り給はず」
――(玉鬘は)中の君(新尚侍)のお世話に、ときどきこっそりと内裏に参上される時もありますが、冷泉院の恋心が今でもご面倒にも絶えないご様子ですので、院の方へは
参らねばならぬ時にも参上なさらない――
玉鬘はお心の中で、
「いにしへを思ひ出でしが、さすがに、かたじけなう覚えしかしこまりに、人の皆ゆるさぬ事に思へりしをも、知らず顔に思ひて参らせ奉りて、みづからさへ、たはぶれにても、若々しきことの世に聞こえたらむこそ、いとまばゆく見苦しかるべけれ」
――昔、自分が冷泉院の御意に背いて、髭黒に嫁したことが思い出され、さすがに勿体なくも畏れ多くも思われて、そのお詫びにと、世間の人が皆筋違いだと考えていらした様子をも知らぬ顔に、大姫君を差し上げて、その上自分までも、ご冗談にも院との間に、年甲斐もない噂がひろまったなら、どんなに恥ずかしく見っともない事でしょう――
もっとも、このような事情を、
「さる忌により、と、はた御息所にもあかし聞こえ給はねば」
――口にすることのできない理由のあることを、御娘の御息所にも打ち明けてはおられませんので――
大姫君は、母上は昔から私よりも妹の中の君に愛情が強くていらっしゃると、恨めしく思っておられる。院は別な意味で玉鬘を情れない人だと仰せられて、院と御息所のお二人は、日毎ますます仲睦まじくなっていらっしゃるのでした。
ではまた。