永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1210)

2013年01月31日 | Weblog
2013. 1/31    1210

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その2

「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ、と思ひ出でて、院守、僧都知り給へりければ、一二日宿らむ、と言ひにやり給へりければ、『長谷になむ昨日皆詣でにける』とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり」
――故朱雀院の御領地の宇治の院というのが、この近くだったと思い出して、そこの院守を僧都は幸いにも懇意だったので、一日二日泊めてもらいたい、と言ってやったところ、「昨日、初瀬に皆でお参りに出かけたところです」と言って、使いは大そうみすぼらしい宿守の老人を召し連れて帰ってきました――

「『おはじまさばや。いたづらなる院の神殿にこそ侍るめれ。もの詣での人は、常にぞ宿り給ふ』と言へば、『いとよかり。公所なれど、人もなく心やすきを』とて見せにやり給ふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり」
――(宿守の老人が)「お出でなさるなら、早速どうぞ。どうせ空いている神殿でございますから。もの詣での方々が、いつもお泊まりになります」と言うので、「それは良かった。公の御所領だが、誰も居なければ気楽だからね」と言って僧都は様子を見におやりになります。この老人は、いつもこのように人を泊めてお世話をするのには馴れていたので、通り一辺ながら部屋を整えて来ました――

「先づ僧都わたり給ふ。いといたく荒れて、おそろしげなる所かな、と見給ひて、『大徳たち、経読め』などのたまふ。この長谷に添ひたりし阿闇梨と、同じやうなる、何ごとのあるにか、つきづきしき程の下法師に、火ともさせて、人も寄らぬうしろの方に往きたり」
――尼君たちを残して先ず僧図が宇治の院に来られました。ひどく荒れていて不気味な所と御覧になって、物の怪(もののけ)を払うために、「大徳たち、経を読め」などとお言い付けになります。あの初瀬詣でに同行した阿闇梨と、同じような僧と二人が、雑仕には丁度良い下役の僧に火を灯させて、何の用事か、誰も行かない寝殿の後ろの方へ往きました――

「森かと見ゆる木の下を、うとましげのわたりや、と見入れたるに、白きもののひろごりたるぞ見ゆる。『かれは何ぞ』と、立ちとまりて、火をあかくなして見れば、ものの居たる姿なり」
――森かと見えるこんもりとした木の下を、薄気味悪いところだと思いながら、じっと透かして見ますと、遠くの方に、何やら白い物がひろがっているのが見えます。「あれは何だろう」と立ち止まって、火を明るくして見ますと、何かがうずくまっているような恰好です――

「『狐の変化したる、にくし、見あらはさむ』とて、一人は今すこし歩みよる。いま一人は、『あな用な。よからぬものならむ』と言ひて、さやうのもの退くべき印をつくりつつ、さすがになほまもる。頭の髪あらば太りぬべき心地するに、この火ともしたる大徳、はばかりもなく、奥なきさまにて、近く寄りてその様を見れば、髪は長くつやつやとして、おほきなる木の根のいと荒々しきに寄りて、いみじう泣く」
――「狐が化けているのか。憎いやつだ。正体を見破ってやろう」と言って、一人の僧が少し近寄ってみます。もう一人は、「余計なことをするな。魔性のものだろう」と、化生のものを退散させる印を結びながら、さすがに恐れ恐れじっと見つめています。(僧は髪が無いが)もし髪の毛があったなら、怖じ気で毛筋も太くなりそうな心地がしますのに、この火を持っている法師は無造作にずかずかと近寄って行ってみますと、髪は長くつやつやとして、大きな木の根のごつごつしたところに寄り伏して、さめざめと泣いています――

◆印をつくりつつ=指先で種々の形を作りながら呪文を唱える

2/1~2/6までおやすみします。では2/7に。