永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1016)

2011年10月23日 | Weblog
2011. 10/23      1016

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(77)

「三日の夜は大蔵卿よりはじめて、かの御方の心寄せになさせ給へる人々、家司に仰せ言たまひて、しのびやかなれど、かの御前、随人、車ぞひ、舎人まで禄たまはす。その程のことどもは、私事のやうにぞありける」
――ご結婚第三夜は、大蔵卿をはじめとして、この女二の宮の親しく召し使っておられた人々や家司に、帝から仰せ言がありまして、内輪ながら、男君(薫)の御前駆の人々、随身、車副いの従者、舎人にまで禄をくださいます。その間の作法は臣下の場合と同じなさり方だったということでした――

「かくてのちは、忍び忍びに参り給ふ。心のうちには、なほ忘れがたきいにしへざまのみ覚えて、昼は里に起き臥しながめ暮して、暮るれば心よりほかにいそぎ参り給ふをも、ならはぬ心地に、いともの憂く苦しくて、まかでさせ奉らむ、とぞおぼし掟てける」
――こうして後は、薫は目立たぬように忍んで姫宮のもとにお通いになります。お心の内では、今だに忘れられない亡き御方(大君)のことばかりが思い出されて、昼は三条の自邸に起き臥しながら思いにふけり、日が暮れますと心ならずも女二の宮のところへ急いで参上なさることも、慣れないことゆえ、大そう億劫で辛くて、いっそ御所から姫宮をこちらへお迎え申し上げようと、ご計画になります――

「母宮はいとうれしき事におぼしたり。おはします寝殿ゆづりきこえ給ふべくのたまへど、『いとかたじけなからむ』とて、御念誦堂のあはひに、廊を続けてつくらせ給ふ。西面にうつろひ給ふべきなめり。東の対どもなども焼けてのち、うるはしくあたらしくあらまほしきを、いよいよ磨き添へつつ、こまかにしつらはせ給ふ」
――母宮(女三宮)は、そのことを大そうお喜びになって、ご自分のお住みになっていらっしゃる寝殿をお譲りになろうとまで仰いましたが、『それではあまりにも、もったいのうございます』と、御念誦堂との間に廊を続けて新しい御殿をお造らせになります。母宮は西面のほうにお移りになるおつもりのようです。東の対なども火災にあって後、立派に新築なされ、申し分なく出来あがっておりますのを、更にいっそう磨きこんで、細々と御用意なさるのでした――

「かかる御心づかひを、内裏にも聞かせ給ひて、程なくうちとけうつろひ給はむを、いかがとおぼしたり。帝ときこゆれど、心の闇は同じことなむおはしましける」
――薫が女二の宮を自邸にお迎えなさろうとするお心づもりを、帝もお聞きになって、女二の宮にとって、結婚後まだ日も浅いというのに、軽々しく婿君のお邸に移るとは、どんなものかとお思いになります。帝と申し上げましても、子を思う親心の闇に迷うのは同じことでいらっしゃいます――

◆大蔵卿(おおくら卿)=女二の宮の母方の伯父。母藤壺の兄。

では10/25に。