2011. 10/17 1013
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(74)
「二月のついたちごろに、直物とかいふことに、権大納言になり給ひて、右大将かけ給ひつ。右のおほい殿左にておはしけるが、辞し給へる所なりけり。よろこびに所々ありき給うて、この宮にも参り給へり」
――(薫は)二月(きさらぎ)一日のころ、直物(なおしもの)ということで、源中納言(薫)は権大納言におなりになり、右大将を兼任なさいました。右大臣(夕霧)が左大将を兼任しておられましたのが、この度辞任され、今までの右大将がその後任の左大将になられたからです。薫はお礼申しにあちらこちらおまわりになって、二条の院の匂宮邸にもお出でになりました――
「いと苦しくし給へば、こなたにおはします程なりければ、やがて参り給へり。僧などさぶらひて、びんなきかたに、と、おどろき給ひて、あざやかなる御直衣、御下襲などたてまつり、ひきつくろひ給ひて、下りて答の拝し給ふ、御さまどもとりどりにいとめでたく」
――(中の君が)大そう苦しがられるために、匂宮は中の君のお部屋にいらっしゃる時でしたので、薫はそのままこちらに参上されたのでした。祈祷の僧などが伺候していて、ひどく取り乱しておられる折とて、匂宮は驚かれて、しかしすぐに目もあざやかな御直衣、御下襲(したがさね)などをお召しになり、威儀を正して階段を下り、お返しの拝礼をなさいます。お二方ともそれぞれにご立派です――
「『やがて、今宵つかさの人に禄賜ふあるじの所に』と、請じたてまつり給ふを、なやみ給ふ人によりてぞ、おぼしたゆたひ給ふめる」
――(薫が)「引き続いて、今宵は右近衛府の部下の人々にも披露の饗宴を催しますので、なにとぞお出まし下さいますよう」とお招き申しますが、匂宮はお悩みになっておられる方(中の君)があるので、どうしたものかとためらっていらっしゃいます――
「右のおほい殿のし給ひけるままにとて、六条の院にてなむありける。垣下の親王たち上達部、大饗におとらず、あまり騒がしきまでなむつどひ給ひける。この宮もわたり給ひて、しづ心なければ、まだ事も果てぬに急ぎ帰り給ひぬるを、大殿の御方には、『いとあかずめざまし』とのたまふ」
――夕霧が任大臣の折になさった通りにしようとて、六条院で宴が催されます。お相伴の親王たち上達部も、左大臣の大饗の時に劣らず、少々騒がしすぎるほどにお集まりになります。匂宮もお出でにはなりましたが、御方(中の君)のことがご心配で、まだ宴もおわらないうちに、急いでお帰りになりますのを、大殿(夕霧)の方々は、ひどく物足りなく
「あまりなお仕打ちだ」とおっしゃる――
「おとるべくもあらぬ御程なるを、ただ今のおぼえのはなやかさにおぼしおごりて、おしたちもてなし給へるなめりかし」
――(中の君も)六の君に劣るわけではないご身分ですのに、大殿の方では、目下の声望の華やかさに奢り高ぶって、わがままな振る舞いもなさるようです――
◆直物(なおしもの)=定期の除目(じもく=任官)の後に追加して行われる任官式。
◆よろこびに=喜び=祝い事、御礼
◆つかさの人に禄賜ふあるじ=大将就任の際、披露のため部下に禄を与え、饗宴を行う。親王公卿などは相伴として招待された。
つかさ(官・司)=ここでは右近衛府。
あるじ(主)=人をもてなす、饗応。
では10/19に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(74)
「二月のついたちごろに、直物とかいふことに、権大納言になり給ひて、右大将かけ給ひつ。右のおほい殿左にておはしけるが、辞し給へる所なりけり。よろこびに所々ありき給うて、この宮にも参り給へり」
――(薫は)二月(きさらぎ)一日のころ、直物(なおしもの)ということで、源中納言(薫)は権大納言におなりになり、右大将を兼任なさいました。右大臣(夕霧)が左大将を兼任しておられましたのが、この度辞任され、今までの右大将がその後任の左大将になられたからです。薫はお礼申しにあちらこちらおまわりになって、二条の院の匂宮邸にもお出でになりました――
「いと苦しくし給へば、こなたにおはします程なりければ、やがて参り給へり。僧などさぶらひて、びんなきかたに、と、おどろき給ひて、あざやかなる御直衣、御下襲などたてまつり、ひきつくろひ給ひて、下りて答の拝し給ふ、御さまどもとりどりにいとめでたく」
――(中の君が)大そう苦しがられるために、匂宮は中の君のお部屋にいらっしゃる時でしたので、薫はそのままこちらに参上されたのでした。祈祷の僧などが伺候していて、ひどく取り乱しておられる折とて、匂宮は驚かれて、しかしすぐに目もあざやかな御直衣、御下襲(したがさね)などをお召しになり、威儀を正して階段を下り、お返しの拝礼をなさいます。お二方ともそれぞれにご立派です――
「『やがて、今宵つかさの人に禄賜ふあるじの所に』と、請じたてまつり給ふを、なやみ給ふ人によりてぞ、おぼしたゆたひ給ふめる」
――(薫が)「引き続いて、今宵は右近衛府の部下の人々にも披露の饗宴を催しますので、なにとぞお出まし下さいますよう」とお招き申しますが、匂宮はお悩みになっておられる方(中の君)があるので、どうしたものかとためらっていらっしゃいます――
「右のおほい殿のし給ひけるままにとて、六条の院にてなむありける。垣下の親王たち上達部、大饗におとらず、あまり騒がしきまでなむつどひ給ひける。この宮もわたり給ひて、しづ心なければ、まだ事も果てぬに急ぎ帰り給ひぬるを、大殿の御方には、『いとあかずめざまし』とのたまふ」
――夕霧が任大臣の折になさった通りにしようとて、六条院で宴が催されます。お相伴の親王たち上達部も、左大臣の大饗の時に劣らず、少々騒がしすぎるほどにお集まりになります。匂宮もお出でにはなりましたが、御方(中の君)のことがご心配で、まだ宴もおわらないうちに、急いでお帰りになりますのを、大殿(夕霧)の方々は、ひどく物足りなく
「あまりなお仕打ちだ」とおっしゃる――
「おとるべくもあらぬ御程なるを、ただ今のおぼえのはなやかさにおぼしおごりて、おしたちもてなし給へるなめりかし」
――(中の君も)六の君に劣るわけではないご身分ですのに、大殿の方では、目下の声望の華やかさに奢り高ぶって、わがままな振る舞いもなさるようです――
◆直物(なおしもの)=定期の除目(じもく=任官)の後に追加して行われる任官式。
◆よろこびに=喜び=祝い事、御礼
◆つかさの人に禄賜ふあるじ=大将就任の際、披露のため部下に禄を与え、饗宴を行う。親王公卿などは相伴として招待された。
つかさ(官・司)=ここでは右近衛府。
あるじ(主)=人をもてなす、饗応。
では10/19に。