2011. 10/3 1006
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(67)
弁の尼の話はつづいて、
「あいなくその事におぼし懲りて、やがて大方聖にならせ給ひにけるを、はしたく思ひて、えさぶらはずなりにけるが、陸奥の守の妻になりて下りけるを、一年のぼりて、その君たひらかにものし給ふよし、このわたりにもほのめかし申したりけるを、きこし召しつけて、さらにかかる消息あるべき事にもあらず、とのたまはせ放ちければ、かひなくてなむ歎き侍りける」
――そのことが不本意に厄介で厭わしいような気になられて、そのままほとんど聖(ひじり)といってもよいような御生活にお入りになってしまわれたのでした。それでその女房も居たたまれなくなりまして、お暇をいただき、後に陸奥の守(むつのかみ)の妻になって下向いたしましたが、先年上京して、その姫君も無事に育っておいでになる由、こちらにも申して寄こしましたので、故宮のお耳にも入れましたところ、そのような消息を聞くいわれは無いとお取り上げにもならず、中将の君はお知らせした甲斐もないと歎いておりました――
さらに、
「さてまた常陸になりて下り侍りにけるが、この年頃音にもきこえ給はざりつるが、この春のぼりて、かの宮には尋ね参りたりけるとなむ、ほのかに聞き侍りし。かの君の歳は、二十ばかりになり給ひぬらむかし。いとうつくしく生い出で給ふがかなしき、などこそ、中ごろは、文にさへ書きつづけて侍るめりしか」
――それからまた常陸(ひたち)に下りまして、この数年は噂にも聞きませんでしたが、この春上京して、あちらの御方(中の君)をお尋ねして参ったとか、聞いております。その姫君は二十ばかりにおなりでしょう。大そう美しく成人なさったので、田舎に埋もれさせるのは不憫で、などと、ひと頃はよく文にまで長々と書いて寄こしましたが…―
と、申し上げます。
「委しく聞きあきらめ給ひて、さらばまことにてもあらむかし、見ばや、と思ふ心出で来ぬ」
――(薫は)弁の話をくわしくお聞きになって、浮舟の事は、それでは本当らしい、逢ってみたいな、という気におなりになったのでした――
◆聞きあきらめ給ひて=聞き・明きらむ・給ひ=お聞き知りになって
では10/5に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(67)
弁の尼の話はつづいて、
「あいなくその事におぼし懲りて、やがて大方聖にならせ給ひにけるを、はしたく思ひて、えさぶらはずなりにけるが、陸奥の守の妻になりて下りけるを、一年のぼりて、その君たひらかにものし給ふよし、このわたりにもほのめかし申したりけるを、きこし召しつけて、さらにかかる消息あるべき事にもあらず、とのたまはせ放ちければ、かひなくてなむ歎き侍りける」
――そのことが不本意に厄介で厭わしいような気になられて、そのままほとんど聖(ひじり)といってもよいような御生活にお入りになってしまわれたのでした。それでその女房も居たたまれなくなりまして、お暇をいただき、後に陸奥の守(むつのかみ)の妻になって下向いたしましたが、先年上京して、その姫君も無事に育っておいでになる由、こちらにも申して寄こしましたので、故宮のお耳にも入れましたところ、そのような消息を聞くいわれは無いとお取り上げにもならず、中将の君はお知らせした甲斐もないと歎いておりました――
さらに、
「さてまた常陸になりて下り侍りにけるが、この年頃音にもきこえ給はざりつるが、この春のぼりて、かの宮には尋ね参りたりけるとなむ、ほのかに聞き侍りし。かの君の歳は、二十ばかりになり給ひぬらむかし。いとうつくしく生い出で給ふがかなしき、などこそ、中ごろは、文にさへ書きつづけて侍るめりしか」
――それからまた常陸(ひたち)に下りまして、この数年は噂にも聞きませんでしたが、この春上京して、あちらの御方(中の君)をお尋ねして参ったとか、聞いております。その姫君は二十ばかりにおなりでしょう。大そう美しく成人なさったので、田舎に埋もれさせるのは不憫で、などと、ひと頃はよく文にまで長々と書いて寄こしましたが…―
と、申し上げます。
「委しく聞きあきらめ給ひて、さらばまことにてもあらむかし、見ばや、と思ふ心出で来ぬ」
――(薫は)弁の話をくわしくお聞きになって、浮舟の事は、それでは本当らしい、逢ってみたいな、という気におなりになったのでした――
◆聞きあきらめ給ひて=聞き・明きらむ・給ひ=お聞き知りになって
では10/5に。