2011. 10/5 1007
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(68)
薫は、
「昔の御けはひに、かけても触れたらむ人は、知らぬ国までも尋ね知らまほしき心あるを、かずまへ給はざりけれど、近き人にこそあなれ。わざとはなくとも、このわたりに音なふ折あらむついでに、かくなむ言ひし、と伝へ給へ」
――亡き大君のお感じに少しでも似通った人ならば、知らぬ他国までも探しに行きたい気持ちなのですが、その人は八の宮がお子様の数にお入れにならなかったにしても、間違いなく御縁は近い人なのですね。それなら、このあたりを訪れることもあるでしょう。わざわざではなくても、機会があったら、私がこう言ったと伝えてください――
など、とだけ言い置かれます。弁の尼は、
「母君は、故北の方の御姪なり。弁も離れぬ中らひに侍るべきを、そのかみは外々にはべりて、委しくも見給へ馴れざりき。先つごろ京より、大輔がもとより申したりしは、『かの君なむ、いかでかの御墓にだに参らむ、とのたまふるなる、さる心せよ』などはべしかど、まだここに、さしはへてはおとなはずはべめり。今、さらば、さやうのついでに、かかる仰せなど伝へ侍らむ」
――浮舟の母君(中将の君)は、亡くなられた八の宮の北の方の姪でいらっしゃいます。私も浮舟とは縁続きの間柄であるわけですのに、その頃の中将の君が八の宮に仕えていました当時は、私は別のところにおりまして、あまり親しくも付き合っておりませんでした。この間、大輔(たいふ・たゆう)のところからの便りによりますと、「その姫君(浮舟)が、せめてどうにかして、八の宮のお墓にだけでも、お参りしたいと言っているそうです。どうかそのおつもりでいてください」などとありましたが、まだこちらにはお見えになりません。それでは、浮舟がこちらに来られるようなついでに、あなたのお言葉をお伝えいたしましょう――
と申し上げます。
「明けぬれば帰り給はむとて、昨夜後れてもて参れる絹綿などやうのもの、阿闇梨に贈らせ給ふ。尼君にも賜ふ。法師ばら、尼君の下衆どもの料とて、布などいふ物をさへ、召して賜ぶ。心細きすまひなれど、かかる御とぶらひたゆまざりければ、身の程にはいとめやすく、しめやかにてなむおこなひける」
――(薫は)夜が明ければ京へお帰りになりますので、昨夜、あとから届けてきた絹や綿の類を、阿闇梨の許へもお贈りになり、弁の尼にも賜わります。法師たちや尼の下仕えの者たちの料にと、布のようなものまで京から取り寄せてお与えになりました。心細い山住みではありますが、このように始終お見舞いくださるので、弁の尼も、寄る辺のない尼の身にしてはたいそう体裁よく落ち着いた様子で勤行できるのでした――
木枯らしが一晩中すさまじく吹いて、紅葉は残らず地に散り敷いているのを薫がご覧になって、もののあわれな風情に、なかなかご出立になれません。
◆大輔(たいふ・たゆう)=宇治から連れて来ている中の君の侍女
では10/7に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(68)
薫は、
「昔の御けはひに、かけても触れたらむ人は、知らぬ国までも尋ね知らまほしき心あるを、かずまへ給はざりけれど、近き人にこそあなれ。わざとはなくとも、このわたりに音なふ折あらむついでに、かくなむ言ひし、と伝へ給へ」
――亡き大君のお感じに少しでも似通った人ならば、知らぬ他国までも探しに行きたい気持ちなのですが、その人は八の宮がお子様の数にお入れにならなかったにしても、間違いなく御縁は近い人なのですね。それなら、このあたりを訪れることもあるでしょう。わざわざではなくても、機会があったら、私がこう言ったと伝えてください――
など、とだけ言い置かれます。弁の尼は、
「母君は、故北の方の御姪なり。弁も離れぬ中らひに侍るべきを、そのかみは外々にはべりて、委しくも見給へ馴れざりき。先つごろ京より、大輔がもとより申したりしは、『かの君なむ、いかでかの御墓にだに参らむ、とのたまふるなる、さる心せよ』などはべしかど、まだここに、さしはへてはおとなはずはべめり。今、さらば、さやうのついでに、かかる仰せなど伝へ侍らむ」
――浮舟の母君(中将の君)は、亡くなられた八の宮の北の方の姪でいらっしゃいます。私も浮舟とは縁続きの間柄であるわけですのに、その頃の中将の君が八の宮に仕えていました当時は、私は別のところにおりまして、あまり親しくも付き合っておりませんでした。この間、大輔(たいふ・たゆう)のところからの便りによりますと、「その姫君(浮舟)が、せめてどうにかして、八の宮のお墓にだけでも、お参りしたいと言っているそうです。どうかそのおつもりでいてください」などとありましたが、まだこちらにはお見えになりません。それでは、浮舟がこちらに来られるようなついでに、あなたのお言葉をお伝えいたしましょう――
と申し上げます。
「明けぬれば帰り給はむとて、昨夜後れてもて参れる絹綿などやうのもの、阿闇梨に贈らせ給ふ。尼君にも賜ふ。法師ばら、尼君の下衆どもの料とて、布などいふ物をさへ、召して賜ぶ。心細きすまひなれど、かかる御とぶらひたゆまざりければ、身の程にはいとめやすく、しめやかにてなむおこなひける」
――(薫は)夜が明ければ京へお帰りになりますので、昨夜、あとから届けてきた絹や綿の類を、阿闇梨の許へもお贈りになり、弁の尼にも賜わります。法師たちや尼の下仕えの者たちの料にと、布のようなものまで京から取り寄せてお与えになりました。心細い山住みではありますが、このように始終お見舞いくださるので、弁の尼も、寄る辺のない尼の身にしてはたいそう体裁よく落ち着いた様子で勤行できるのでした――
木枯らしが一晩中すさまじく吹いて、紅葉は残らず地に散り敷いているのを薫がご覧になって、もののあわれな風情に、なかなかご出立になれません。
◆大輔(たいふ・たゆう)=宇治から連れて来ている中の君の侍女
では10/7に。