永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(912)

2011年03月19日 | Weblog
2011.3/19  912

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(89)

「人々近う呼び出で給ひて、御物語などせさせ給ふけはひなどの、いとあらまほしう、のどやかに心深きを、見たてまつる人々、若きは、心にしめて、めでたしと思ひたてまつる」
――(薫が)侍女たちを近くに呼び寄せて、物語をなさるそのご様子の、めったに拝見できないほどの優雅で思慮深くおいでになるのをお見上げ申している中でも、特に若い侍女たちは、本当にご立派な御方であるとお誉め申し上げています――

 老女たちは、

「御心地の重くならせ給ひしことも、唯この宮の御事を、思はずに見たてまつり給ひて、人笑へにいみじ、とおぼすめりしを、さすがにかの御方には、かく思ふと知られたてまつらじ、と、ただ御心ひとつに世を恨み給ふめりしほどに、はかなき御菓物をもきこしまし触れず、ただ弱りになむ弱らせ給ふめりし」
――大君が重態に陥られましたのも、ただただ、匂宮のことを心外にお思い申されて、人聞き悪く悲しいと思っておられましたご様子でしたが、中の君には、このように心配しているとは知られまいとお思いになって、ただご自分のお心の裡ひとつにお恨み申しておいでになっておられて、ちょっとした水菓子でさえもお召しにならず、ただただ弱りに弱っていかれたのです――

「上べには、何ばかりことごとしく物深げにももてなさせ給はで、下の御心のかぎりなく、何事もおぼすめりしに、故宮の御戒めにさへたがひぬること、と、あいなう人の御上をおぼし悩みそめしなり」
――表面上は、別段たいそうご心配そうにはしておられませんでしたが、お心の裡では、何事にも慎重にお心遣いされておられましたのに、亡き父宮のご遺言にまで背いてしまったことよと、ひたすら思い悩まれて、中の君の御身の上のことで御煩悶なさりはじめたのございましたよ――

 と、薫に申し上げて、折々大君がお口になさったことなどを、思い出すまま侍女たちはお互いに話し合っては、皆いつまでも泣きくれています。

 薫は、

「わが心から、あぢきなきことを思はせたてまつりけむこと、と、取り返さまほしく、なべての世もつらきに、念誦をいとあはれにし給ひて、まどろむ程なくあかし給ふに、まだ夜深き程の雪のけはひいと寒げなるに、人々声あまたして、馬の音きこゆ」
――自分のために大君につまらない物思いをおさせしたことよ、と、昔を取り戻せるものなら取り戻したいと、何かにつけて世の中が恨めしいので、いよいよお心を込めて御念誦に励まれて、一睡もせず夜を明かしてしまいそうな時刻の、夜がすっかり深まって降りしきる雪も寒々とした折から、大勢の人声がして、馬の音が聞こえてきます――

◆絵:中世の宇治川

では3/21に。