永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(910)

2011年03月15日 | Weblog
2011.3/15  910

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(87)

「ゆるし色の氷解けぬかと見ゆるを、いとどもらしそへつつながめ給ふさま、いとなまめかしうきよげなり」
――(薫のご衣裳の)薄紅の色が、氷の光るように艶やかなお袖を、いよいよ涙にぬらしながら、物思いに沈まれておいでになるお姿は、まことになまめかしく清らかでいらっしゃいます――

 侍女たちが物の透き間からお覗きして、

「いふかひなき御事をばさるものにて、この殿のかくならひたてまつりて、今はとよそに思ひきこえむこそ、あたらしくくちをしけれ。おもひの外なる御宿世にもおはしけるかな。かく深き御心の程を、かたがたにそむかせ給へるよ」
――大君の亡くなられたことを、今更申し上げても仕方がありませんが、薫の君をこうして親しくお馴れ申してきて、もうこれきり、よその御方にしてしまいますのは、ほんとうに勿体なく残念なことです。これもままならぬ宿世というものなのでしょうか。これほど深いお心でいらっしゃったのに、お二人ともお応えにならなかったなんて、なんとまあ――

 と、泣き合っています。

薫は中の君に対しては、侍女をとおして、

「昔の御形見に、今は何事もきこえ承らむ、となむ思ひ給ふる。うとうとしくおぼし隔だづな」
――亡き大君のお形見として、今は何事も申し上げ、また承りとう存じます。よそよそしく隔てなどお置きくださいますな――

 と、お伝え申し上げますが、中の君は、何もかも不幸な身の上だったと気後れなさっていて、まだ薫とご対面してお話などもなさらないのでした。
薫はお心のうちで、

「この君は、けざやかなる方に、いま少し兒めき、気高くおはするものから、なつかしく匂ひある心ざまぞ、劣り給へりける」
――中の君は、はっきりした性質で、大君よりも子供っぽいながら、上品でいらっしゃるものの、しっとりと滲み出る味わい深いお人柄という点では、やはり見劣りがする――

 と、何かにつけてお思いになるのでした。

◆ゆるし色=許し色=だれでも自由に着用することができた衣服の色。禁色(きんじき)に対する。

◆禁色(きんじき)とは、衣服に使用を禁じた色の意で、位階によって袍の色に規定があった。天皇・皇族以外の者は、梔子(くちなし)色、黄丹(きあか)色、赤色、青色、深紫色、深緋(ふかひ)色、深蘇芳(ふかすおう)色の七色を禁じられた。ただし、天皇の許可があった人は着用できた。それを「色許さる」という。
七色でも薄い色はゆるされたので、「ゆるし色」といった。この場面の薫の衣は薄紅である。

◆いとどもらしそへつつながめ給ふさま=いとど・もらし・そへつつ・ながめ・給ふさま。

◆写真は深緋(ふかひ)色、これを薄くしたのが薫の衣裳の色。

では3/17に。