永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(803)

2010年08月11日 | Weblog
2010.8/11  803回

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(22)

 大君(おおいぎみ)は、使者の様子に、この夜の山路を、と思えば気の毒で、自分一人しっかりと心を落ちつけていられるわけではありませんので、見るに見かねてご自分で筆をお取りになります。

(大君の歌)「涙のみ霧ふたがれる山里はまがきにしかぞもろごゑになく」
――涙の霧にかき昏れているこの山里では、蘺(まがき)の鹿のように私どもは声をそろえて泣いています――

 と、喪服中ですので、鈍色の紙に、夜のこととて墨つぎもよく分からないので、筆に任せて特に風情を凝らすこともせず、そのままおし包んでお渡しになりました。

「御使いは、木幡の山の程も、雨もよにいと恐ろしげなれど、さやうの物おぢすまじきをや選り出で給ひけむ、むつかしげなる篠のくまを、駒ひきとどむる程もなく、うち早めて、片時に参りつきぬ」
――匂宮の使者は、木幡(こはた)の山越えも、雨の降る恐ろしげな中を、そうした物怖じしない男を殊にお選びになったのでしょうか、薄気味悪そうな笹やぶのあたりを、駒の歩みをゆるめるのでもなく、ひたすら鞭を打って、わずかの間に帰り着きました――

 匂宮は夜霧に濡れて帰りついた使いの者に、禄を授けてねぎらい、さて御文をご覧になりますと、

「前々ご覧ぜしにはあらぬ手の、今少しおとなびまさりて、よしづきたる書きざまなどを、いづれかいづれならむ、と、うちの置かずご覧じつつ、大殿どもらなば」
――今までご覧になっていらしたのとは違う手蹟で、ひときわ大人びて優雅な書きぶりですのを、ご姉妹のうちの、どちらがどちらなのであろうと、下にも置かず手になさったままご覧になって、すぐにはお寝みになりません――

「『待つとて起きおはしまし、またご覧ずる程の久しきは、いかばかり御心にしむ事ならむ』と、御前なる人々ささめき聞きて、にくみきこゆ。ねぶたければなめり」
――「お返事を待つといって起きておられ、今また御文をお読みになる時間が長いのは、いったいどれほどご執心のことなのでしょう」と御前の侍女たちはひそひそ言い合っては妬ましげに申しています。多分自分たちが眠いからでしょう――

◆片時の間=わずかの間、ちょっとの間。

では8/13に。