永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(704)

2010年04月12日 | Weblog
2010.4/12  704回

四十二帖 【匂宮(にほふのみや)の巻】 その(9)

「中将は、世の中を、深くあぢきなきものに思ひすましたる心なれば、なかなか心とどめて、行き離れ難き思ひや残らむ、など思ふに、わづらはしき思ひあらむあたりにかかづらはむは、つつましく、など思ひ棄て給ふ」
――中将(薫)は、この世を芯から味気ないものと悟り切っていらっしゃるようで、「なまじ女に執心して、出家し難い気持ちが残っては」などとお思いになって、面倒な悩み事の起こりそうな所に関わるのは、差し控えたいなどと諦めておいでになります――

「さしあたりて、心にしむべき事のなき程、さかしだつにやありけむ。人の許しなからむ事などは、まして思ひ寄るべくもあらず」
――これもさしあたって、夢中になる程のお相手がいらっしゃらないからでしょうが、人が非難しそうな無理な恋などは、まして思い寄る筈もないのでした――

「十九になり給ふ年、三位の宰相にて、なほ中将も離れず。帝后の御もてなしに、ただ人にては憚りなき、めでたき人のおぼえにてものし給へど、心のうちには、身を思ひ知る方ありて、ものあはれになどもありければ、心に任せて、はやりかなる好きごと、をさをさ好まず、よろづの事もてしづめつつ、おのづからおよずけたる心ざまを、人にも知られ給へり」
――(薫は)十九歳になられた年に三位の宰相で、同時に中将も兼ねていらっしゃいます。冷泉院と秋好中宮の御寵遇で、臣下としては誰にも引けをとらぬ、素晴らしいご声望ぶりでいらっしゃいましたが、お心の内では、出生について感づいていることもあって、この世のはかなき身であることを思い、気ままに出来心の恋などするのを、あまり好まれず、万事控え目になさっていらっしゃるせいか、自然と老成の性格を、人にも知られていらっしゃいます――

 匂宮がこの年来、お心を尽くして慕っておいでになるらしい冷泉院の女一宮のお住居のあたりを、薫自信は自由にお出入りができて、ほのかに女一宮を見聞きしますには、たいそう奥ゆかしく、お噂どおり深みのある方のように察せられます。
薫も、同じ事ならば、このような方を妻にお迎えできれば、どんなに生き甲斐があろうかと思いますものの、冷泉院は姫宮の方の隔ては厳重で、遠々しくさせるように躾けていらっしゃるのでした。

◆三位の宰相で中将(さんみの宰相)=参議で、近衛中将を兼ねたもの。上達部(かんだちめ)であり、公卿(くぎょう)である。

◆はやりかなる好きごと=逸りかなる好きごと=軽率な好色めいたこと

◆写真:吾亦紅(われもこう) 風俗博物館

ではまた。