永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(655)

2010年02月20日 | Weblog
2010.2/20   655回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(70)

 致仕大臣(雲井の雁の父君)は、落葉宮の邸に蔵人の少将の君(柏木の弟君)をお使いとしてお文をお持たせになります。そのお文は、

「『契りあれや君を心にとどめおきてあはれと思ふうらめしときく』なほえ思しはなたじ」
――「前世からの深いご縁があるのでしょうか。貴女を息子の未亡人としてお気の毒に思い、婿の夕霧の事では恨めしく思います」貴女も私どものことは、やはりお忘れにならないでしょうね――

 というもので、少将はそれを持って、づかづかと一条邸に入って行かれます。南面に敷物をさし出してご接待しますものの、侍女達はご挨拶の申し上げようもなくうろたえて、まして落葉宮はたいそうお辛そうです。この蔵人の少将はご兄弟のうちの器量よしで、今、辺りをゆったりと見回して、亡き兄君の御在世中のことを思い出しておられますようで、

「参り馴れにたる心地して、うひうひしからぬに、さも御覧じゆるさずやあらむ」
――兄のご縁で、前に度々伺っていましたようで、初めての感じがしませんが、こちらではそうはお認めにならないのでしょうな――

 と、あてこすりを言われます。侍女たちが困りながらも御取次をして、宮にお返事をお勧めしますが、宮は「私には何も書けません」と、何よりも先に涙がこぼれて、

「故上おはせましかば、いかに心づきなしと思しながらも、罪を隠い給はまし」
――母君が生きておられたら、どんなに不満にお思いになっても、わたしの過失を繕ってくださったろうに――

 と、なげきつつ宮の歌、

「何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを憂しとも思ひかなしともきく」
――わたしのようなつまらぬ身を、憎いとも可愛いとも思ってくださるのは何故でしょう――

 と、書きかけのような形で紙に押し包むようにして御簾の内から外にお出しになります。

ではまた。