010.2/3 638回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(53)
宮のところへ案内するように責められて、小少将は、
「御志まことに長う思されば、今日明日を過ぐして聞こえさせ給へ。なかなか立ち返りて、物思し沈みて、亡き人のやうにてなむ臥させ給ひぬる。こしらへ聞こゆるをも、つらしとのみ思されたれば、何事も身の為こそ侍れ、いとわづらはしう聞こえさせにくくなむ」
――幾久しくお添いとげなさるお心ならば、今日明日のところは過ごしてからお逢いくださいませ。こちらへお帰りになりましてから却ってお悲しみも増されて、死んだも同然のご様子で臥せってしまわれました。私たちがお取りなし申し上げるのさえ疎ましくお思いのようでございます。宮のご機嫌を損じては私たちも身が立ちません次第で、まことに困り切っております。これ以上面倒なことは申しにくいのでございます――
と申し上げますと、夕霧は、
「いとあやしう、おしはかり聞こえさせしには違ひて、いはけなく心え難き御心にこそありけれ」
――まったく妙な、かねてから想像していたこととは違って、子供っぽくて訳の分からない方でいらっしゃるのだな――
とおっしゃって、続けて、
「思ひよれるさま、人の御為も、わが為も、世のもどきあるまじう宣ひ続くれば」
――私の考えていることは、宮の御為にも、自分にも、特に世間の非難を受けるわけはないのだから、と、くどくどと言われます――
小少将は、
「いでや、唯今は、また徒人に見なし奉るべきにやと、あわただしき乱り心地に、よろづ思ひ給へわかれず。あが君、とかくおしたちて、ひたぶるなる御心なつかはせ給ひそ」
――いえもう、私どもも唯今のところ、また宮がどうにかなって仕舞われないかと、気が気ではなく何も判断がつかないのでございます。お願いでございますから、無理押しに向こう見ずなことをなさいませんように――
と、手を擦り合わせて懇願します。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(53)
宮のところへ案内するように責められて、小少将は、
「御志まことに長う思されば、今日明日を過ぐして聞こえさせ給へ。なかなか立ち返りて、物思し沈みて、亡き人のやうにてなむ臥させ給ひぬる。こしらへ聞こゆるをも、つらしとのみ思されたれば、何事も身の為こそ侍れ、いとわづらはしう聞こえさせにくくなむ」
――幾久しくお添いとげなさるお心ならば、今日明日のところは過ごしてからお逢いくださいませ。こちらへお帰りになりましてから却ってお悲しみも増されて、死んだも同然のご様子で臥せってしまわれました。私たちがお取りなし申し上げるのさえ疎ましくお思いのようでございます。宮のご機嫌を損じては私たちも身が立ちません次第で、まことに困り切っております。これ以上面倒なことは申しにくいのでございます――
と申し上げますと、夕霧は、
「いとあやしう、おしはかり聞こえさせしには違ひて、いはけなく心え難き御心にこそありけれ」
――まったく妙な、かねてから想像していたこととは違って、子供っぽくて訳の分からない方でいらっしゃるのだな――
とおっしゃって、続けて、
「思ひよれるさま、人の御為も、わが為も、世のもどきあるまじう宣ひ続くれば」
――私の考えていることは、宮の御為にも、自分にも、特に世間の非難を受けるわけはないのだから、と、くどくどと言われます――
小少将は、
「いでや、唯今は、また徒人に見なし奉るべきにやと、あわただしき乱り心地に、よろづ思ひ給へわかれず。あが君、とかくおしたちて、ひたぶるなる御心なつかはせ給ひそ」
――いえもう、私どもも唯今のところ、また宮がどうにかなって仕舞われないかと、気が気ではなく何も判断がつかないのでございます。お願いでございますから、無理押しに向こう見ずなことをなさいませんように――
と、手を擦り合わせて懇願します。
ではまた。