永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(643)

2010年02月08日 | Weblog
010.2/8   643回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(58)

 夕霧がお帰りになりますと、幼い御子たちが次々とまつわりついて、はしゃいでいます。

「女君は帳の内に臥し給へり。入り給へれど、目も見合わせ給はず。つらきにこそはあめれ、と見給ふも道理なれど、憚り顔にももてなし給はず、御衣をひき遣り給へれば」
――女君(雲井の雁)は御帳台に臥せっておられます。夕霧がお部屋にお這入りになっても見向きもされません。夕霧は雲井の雁が自分を恨んでさぞ辛いだろうとは思うものの、別に悪びれたご様子もなく雲井の雁の御衣裳を引きのけられますと――

 雲井の雁は、

「何処とておはしつるぞ。まろは早う死にき。常に鬼と宣へば、同じくなり果てなむとて」
――ここを何処だと思っていらっしゃるのです。わたしはとうに死にました。何時も鬼、鬼とおっしゃるから、同じ事ならそうなろうと思いまして――

「御心こそ鬼よりけにもおはすれ、様は憎げにもなければ、え疎み果つまじ」
――あなたのお心こそ鬼よりひどい。まあ見た目は憎げもないから、見棄てることもできないがね――

 と、夕霧が平然としておっしゃるので、雲井の雁はなおさら癪に障って、

「めでたきさまになまめい給へらむあたりに、あり経べき身にもあらねば、いづちもいづちも亡せなむとす。なほかくだにな思し出でそ。あいなく年頃を経けるだに、くやしきものを」
――貴方のような立派で綺麗にしておられる方のお側に連れ添っていられる私でもありませんから、どこかへ行ってしまいましょう。もうこのようだったなどと思い出さないでくださいね。つまらなく長年暮らして来たことさえ口惜しくてたまらない――

 と、言いながら起き上ってこられる雲井の雁は、上気してお顔も赤らんで、それはそれとして、なかなか愛嬌があるなあ、などと夕霧は思いながら、又、

「かく心幼げに腹立ちなし給へればにや、目慣れて、この鬼こそ今は恐ろしくもあらずなりにたれ。神々しき気を添へばや」
――こうしていつも貴女は子供っぽく逆上なさっていますから、いまではもう馴れて、
この鬼は怖くもありませんよ。もっと鬼らしく神々しい威厳を添えたいものだ――

 と、わざと冗談にしてしまおうとなさる。

◆まろ=この時代、男女とも自分のことを言うとき、「まろ」と言った。

ではまた。