永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(645)

2010年02月10日 | Weblog
 010.2/10   645回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(60)

 雲井の雁はここ二、三日というもの食欲がなかったのですが、今日は少し召し上がっておられます。その様子をご覧になって夕霧は、

「昔より、御為に志の疎かならざりしさま、大臣のつらくもてなし給ひしに、世の中のしれがましき名をとりしかど、堪え難きを念じて、ここかしこすすみ気色ばみしあたりを、あまた聞き過ぐしし有様は、女だにさしもあらじとなむ、人ももどきし。」
――昔から私が貴女をふかく愛して来ました事は、よくご存知でしょう。貴女の父君があれ程冷たく当たられたために、世の馬鹿者のように噂されて、堪え難いところを我慢して、あちらこちらから持ちこまれた縁談も断ってきたことは、女でさえも、それほどの我慢はできまいと、人も悪く言ったくらいですよ――

「今思ふにも、いかでかは然ありけむと、わが心ながら、いにしへだに重かりけりと思ひ知らるるを、今はかく憎み給ふとも、思しすつまじき人々、いとところせきまで数添ふめれば、御心ひとつにもて離れ給ふべくもあらず。またよし見給へや。命こそ定めなき世なれ」
――今振り返ってみましても、どうしてあのように過ごしたのか、自分ながら、昔でさえひどく慎重だったなあと感心するくらいですよ。今となって貴女がこうまで私を憎まれても、捨てる事が出来ないほどの子供たちが大勢いるのですから、自分勝手に出て行くこともできないでしょう。まあ、とにかく黙って見ていてごらんなさい。お互いにいつ死ぬか分からない身ですけれどね――

 と、涙をこぼしたりなさる。雲井の雁も昔のことを思い出されて、二人はやはり縁の深い間柄なのだから、と、お思いになるのでした。

◆しれがましき名=痴れがましき名=馬鹿者、愚か者という名
◆人ももどきし=人も非難した。

ではまた。