B-tech Japan Osaka Studio
スタジオのすぐ近くに神社跡がありました。
この辺新大阪は、開けるまでは蓮根畑の沼地だったので珍しい感じがしました。
右のガラス張りのビルの1Fが今回の録音場所、
「B-tech Japan」です。
これも何かの御縁と、
レコーディング成功祈願に参拝。
今日は仲良く2台並んでいました。
ちょっとだけ浮気して225を弾いてみると、
やっぱり凄く弾きやすい!
でも・今回録音する音のバイブレーションの事を考えてすぐ思い留まり止め、
一瞬の事でしたが、
隣の彼はそれをしっかりと聴いていました。
それは一番してはいけない事でした。
これが原因かどうか・
今日のインペリアルは大変機嫌が悪うござんした。
スタジオ一回目でインペリアルで録ると決めたじゃありませんか・・・。
これまでベーゼンドルファー社は、
ピアノを製造するにあたり山に樹を植えるところから始まり、100年ものの樹を伐採して造って来たと言います。
彼も・(彼女?)100年生きて来た樹がたまたまピアノにさせられただけで、
やっぱり今も生きてますね。
意思を感じます。
それでも今日もめげずに立ち向かわせて戴きました。
採光窓から観える自筆らしき原譜の額縁。
今日もここではピアノの普段見れない姿が観れました。
ベーゼンドルファーのチューナーの方はメンテと称していつも簡単にピアノをばらばらにしています。
なかなか他のメーカーでは考えられない事です。
最初に、「地球防衛軍の切り込み隊長」に元「ベーゼンドルファージャパン」のショールームに連れて行かれた時も、グランドピアノが粉々に解体されて調整されていてびっくりしたのを想い出します。
それが今回のチューナーの井上さんでした。
私もかつて「白虎社」の横浜公演でアップライトピアノをステージで粉々に破壊した事がありましたがそれとは訳が違います。
そのベーゼンとの出会い後、思ってもいなかった事が起きます。
数か月後にはそのすぐ隣のムラマツホールで「赤いルン」が録音される事になるのです。
Bandを始めてからずっとシンセ一筋で、
何十年で数える程しかグランドピアノを弾いた事がなかったのにも関わらず、
この時は、タイムリミットぎりぎりでヨーロッパの有名なピアニストらしき方が降りて来て弾いてくれて素晴らしいアルバムが誕生しました。
それからもう6年。
今回3枚目のピアノソロアルバムは如何に。
スタジオを出て帰路に着く。
彩雲が顕れていました。
きっと・これは吉兆と・・・
信じます。
今年二回目の土筆食し。
春の苦味の恵みにはまっています。
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