ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

放射能リテラシー 2

2011-10-15 | Weblog
 このブログで前に「京五山送り火と放射能リテラシー」(8月16日付)を記したことがあります。陸前高田市の名勝、2キロにわたって続く高田松原。江戸時代にすでに7万本もの松が植えられたそうです。ほとんどが津波でなぎ倒され、奇跡の松1本だけが残っている。復興のシンボルになったその木は、「希望の1本松」「ど根性松」ともよばれています。このブログタイトル、右上の1本も「ど根性松」を意識して選びました。

 京都に届いた高田の松について、まず京都新聞10月1日付けの記事解説から引用します。
 解説タイトル「五山送り火の被災マツ使用問題」。若干書き直していますが、解説文は以下の通りです。
 <左京区の大文字保存会が高田松原の被災マツを燃やそうとしたところ、放射能汚染を心配する声に配慮し、放射能を検出しなかったが中止した。「風評被害を助長する」と全国から批判が殺到。薪はすべて陸前高田市に送り返していたが、市はあらたに別の薪を取り寄せ、五山で燃やす計画を立てた。しかし今度は放射性セシウムが検出され断念した。二転三転した対応に批判が高まった。>

 しかし1回目の辞退に関しては、陸前高田市で活躍する県外のボランティアが、京都の保存会や市役所に意向も確認せずに、勝手一方的に計画を進めたためにこのようなトラブルを招いたという声もある。京では送り火の数ヶ月前から、古来から決められた山の松を準備し、天日で乾燥させる。毎年の決まりである。突然に水分を含んだ木をつかってくれ、といわれても戸惑うばかりだったともいう。マスコミはそのあたりの事情を一切、残念だが伝えない。送り火行事は、仕来り踏襲主義だから数百年も続く伝統たり得るという京都市民の意見もあります。

 京都新聞同日の本文記事では、長い見出しがついています。「五山送り火使用断念 被災マツ処分 暗礁」、「文科省『管轄外』、焼却も住民理解が」そして「西京で保管『風評被害が心配』」
 <京都市は薪500本のその後の処分方法を探っているが、文科省からは管轄外と見放され、引き取りを打診した東京都の民間研究機関からも拒否された。市施設での焼却や埋め立てにも環境省の基準がないため見送り、1ヶ月以上も西京区老ノ坂の市倉庫に保管されたままになっている。
 市は京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)に相談したが、副所長の高橋千太郎教授(放射線管理)は「科学的には燃やしても安全だが、送り火で使用を断念した薪を基準がないまま処分すれば、住民の安心は得られない。国や自治体の動きを見て議論すべき」と慎重な姿勢だ。
 保管地の西京区選出の府市議5人は市に早期処分を要求。市議のひとりは「住民から風評被害を心配する声も寄せられている」。倉庫が市境の近くにある亀岡市からも安全性の問い合わせがあった。
 市文化市民局は「薪はビニール袋とシートをかけて保管しており、放射線量は自然界と同じ数値であることを確認している。早急に安全な方法で処分したい」と説明するが、処分方法は見つからず頭を抱えている。>以上が京都新聞記事抄です。

 保管されている薪は護摩木です。亡くした家族や縁者への鎮魂の思いが記され、また復興の願いが刻むがごとく書き込まれているのです。ただし地元に逆送された第1次の薪の字を写真に撮り、京都市民がそれを代筆で書き改めた第2次薪ですが。
 送り火問題発生時から安斎育郎先生(放射線防護学)は「木に触っても、燃やして拡散した灰を吸い込んだりしても、影響は計算する気にもならないほど低レベル。京都市は風評被害を広めないよう、健康に問題がないレベルであることを、正しく情報発信するべきだ」読売新聞8月13日付け。
 京都大の高橋教授も上記の通り「科学的には燃やしても大丈夫」。それなら積極的に燃やすことをすすめられるべきだと思います。あるいは大至急で、文科省なり環境省に働きかけ、処分方法の基準を作成すべきではないでしょうか。

 高レベル放射線汚染物質についてはどうでしょう。高橋教授と同じ熊取原子炉実験所の小出裕章助教は「福島原発の敷地に持ち込むことは必要。核の墓場にしたらいいのです。適切な処置を東電の金でやらせ、倒産するまですべての力を出し尽くさせるべきなのです」。毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」10月10日。

 門外漢のわたしなど、核や放射能をさっぱり理解できません。同類の方は多いのではないでしょうか。やはり安斎先生が提唱されている「放射能リテラシー」をどのように広め高めるか、信頼できる専門家たちの行動を応援することから門外漢ははじめるべきではないか。取りあえずのわたしなりの結論です。
<2011年10月15日>

コメント