ふろむ播州山麓

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天狗談義 №9 天狐と皆川淇園

2011-03-06 | Weblog
『図説・日本未確認生物事典』という実にユニークな本に出会いました。1994年刊ですが、わたしが手にした98年版はなんと7刷。現在ではもっと版を重ねていることでしょう。
 同書で天狗や狐をみていましたら、幕末に書かれた相川鼎著『善庵随筆』が紹介されていました。現代語要約で孫引き転載します。

 下総の大杉神社などの真影をみると、小天狗、すなわち鳥天狗が、狐の背にまたがったり直立したりした像がいろいろとある。天狗は『日本書紀』にある通り、狐と縁が深いのであろう。僧旻(そうみん)が言った通り、天地を響かせた怪奇現象は流星ごときものだが、天狗の仕業であり、アマツキツネという。
 さすれば天狗を天狐というのは、必ずしもわたしの創説ではなく、古人に早くからこの説があり、「あまつきつね」と訓したのである。最近、皆川淇園(きえん)著『有斐斎剳記』をみると、野狐(のこ)もっとも鈍、その次は気狐(きこ)、次は空狐(くうこ)、そして天狐(てんこ)。気狐以上は皆、その形がない。天狐にいたっては、神化を計ることもできない。また天狐は人に害も及ぼさない。「空狐はすなわち天狗なり。かれこれ合わせ考えれば、天狗の狐たること疑うべからず」

 相川氏が百年以上も前に指摘しておられる通り、天狗と狐、両者は離れられない深い関係が、延々と続いたようです。修験道の本尊画像には、キツネの背に立つ鳥天狗が多い。右手に握った剣を立て、人身ですが背には双翼、口は猛禽類同様の鉤嘴(かぎくちばし)、頭には山伏の兜巾(ときん)がある。まるで鳥天狗の不動尊です。
 キツネについては、稲荷信仰が習合したという見解がありますが、天狗と狐の関係は、もっと古いのではないでしょうか。ちなみに狐が人に取り憑くと、祓い、浄霊除霊のために山伏がよく呼ばれていました。

 ところで野から天まで、狐の種類を記した皆川淇園(1734~1807)ですが、京都の儒者・文人として、18世紀後半から19世紀はじめにかけて大活躍した人物です。京都の文苑ネットワークのキーマンで、売茶翁亡き後の都の文化を牽引した偉大な人物です。
 門人3千人といわれたほど、彼の評価と交友は幅広い。例えば画家をみても友人は、円山応挙、池大雅、呉春、伊藤若冲、長澤蘆雪…。大典和尚も親友です。
 『雨月物語』などを著した上田秋成は淇園と同年の生まれですが、晩年の淇園のことを記しています。「いつ会っても『どうじゃ、おやじ』となぶられる。淇園は髪が黒く、歯も抜けていず、杖もいらず、眼のいいことも自慢する」。いつまでも若々しい淇園と比べ、秋成は自身の老いを嘆いています。しかし皮肉なことに、秋成は2年、淇園よりも長生きをしました。
 淇園の墓は、寺町通今出川上ルの阿弥陀寺にありますが、長文の墓表は淇園の弟子だった松浦静山が記しています。静山は名著『甲子夜話』を残しました。

 淇園の発案で1792年から、東山「新書画展観」と名付けた書画展覧会を毎年2回開催します。多いときには400点近い作品が集まったといいます。
 96年9月には東山の瑞寮で開催されましたが、81歳の若冲は絹本「五百羅漢図」を出品しています。署名は藤若冲。
 総出品点数は212点。出品者は、応挙・呉春・蘆雪・松村景文らの円山四条派の絵師はいうまでもなく、若冲・岸卓堂・原在明・土佐永詮・鶴沢探索ら京の絵師。そして大坂の中村芳中・墨江武禅、江戸の谷文晁、蝦夷松前の蠣崎波響(かきざきはきょう)、琉球太夫毛俊臣など「海外諸方ノ人」まで、実に97人が名を連ねる。京以外が内40名。年齢をみると、井上吉久百十翁、十歳女武市師もある。
 そして1798年4月、長澤蘆雪(1754~1799)は「方寸五百羅漢」を出品した。安喜生という人がこの小品を入手したのですが、3センチ四方ほどの小片に蘆雪は五百羅漢と動物たちを描いたのです。
 淇園が記した「安喜生の小幅五百羅漢図を得る事を書す」という一文が残っています。「方寸幅中に五百羅漢を作る。おおむね皆、全身にして、獅象竜虎の属もまたその中に兼備す。そしてその到細極微の間、物、その態を尽し、筆、その気を完うす。真に一奇観なり」。いかにも長澤蘆雪らしい茶目っ気です。彼はオランダから渡来して間なしの顕微鏡で蚤(のみ)を観察し、これを大きな画布に描いたりもしています。
 淇園と蘆雪は特に仲がよく、度々祇園あたりで飲んだくれていたことでも知られています。

 ところでこの3月12日土曜から、美術展<長沢芦雪 奇は新なり>が開催されます。近江・信楽「MIHO MUSEUM」にて6月5日まで。南紀・無量寺の襖絵「虎図」も来ますが、全110点、初公開40点以上。なんともすごい企画です。わたしにとっておそらく、今年最高の美術展になりそうです。
 なかでも驚くのが、幻の「方寸五百羅漢図」の登場です。この極小作品は百年近くも行方不明だった奇画です。昨年に発見され、久しぶりの顔見せ。本当に、楽しみです。
 <2011年3月6日 南浦邦仁>
 参考図書
 『図説・日本未確認生物事典』笹間良彦著 柏書房 1994
 『淇園詩文集』近世儒家文集集成第9巻 皆川淇園著 高橋博巳編 ぺりかん社 1986
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