基礎から学ぶ楽しい疫学 価格:¥ 3,150(税込) 発売日:2005-12 |
ゴメン! これは大変な良書です。
なにはともあれ、看板に偽りなく、楽しい! 特に脚注が(笑)。
脚注だけを読むという、変態読者がいるというほどに楽しい脚注というのは、ちょっと規格外。
その上で……
非常に体系だった議論が展開されるので、とても安心して、流れに身を任せ、しっかり知識が身につく、というのは希有な書籍ですね。背景には、著者が思い切りよく記述の精度を切り替えている(必要なところはきっちり、それほどでもないところは厳密さを求めず)からだと感じました。
さらに、疫学で使われる様々な段階の様々な「方法」を常に、うまく整理して提示してくれるので、頭に入ってきやすいです。
たとえば、疫学の研究デザインについて、それぞれの射程、メリット、デメリットなどをしっかり述べてくれるわけですよ。(表になってます。楽しい脚注もあります)
日本ではコホート研究こそ、疫学の王道で、症例対照研究は劣ると考えている人は多いが、それは間違えで、研究デザインには長所短所があり、コホートでしかできないこともあれば、症例対照研究でしかできないこともある、というくだりは、感涙モノ。
ほんと専門家だって、そこのこと、誤解している人が多いんだから。
ぼくはかつて、感染研での取材で、インフルエンザ脳症の症例対照研究はできないのかと、聞いたことがあるのだけれせど、「対照群の設定が難しい」という理由で現実的ではないと言われたことがあって、しかし、この本が述べる「基礎」をふまえると決してそんなことはなさそう。
というか、東京都くらいの大きなグループでコホートを追跡しても、まれな症例なので、ちゃんとした結果が出てこず、時間もかかるわけですよ。対照群の設定が難しかろうが、すでに病気になった人を全国から捜してきた上での症例対照研究の方が適しているわけです。
で、研究デザインの問題はこのあたりで切り上げるにして……実際に研究をまとめる際に問題になる誤分類について。その誤分類が、ディファレンシャルかノンディファレンシャルかを考えることも大切なのがよく分かります。後者は非差誤分類と和訳されてました。
よく喫煙と健康影響についての研究で、誤分類を指摘して、研究があてにならない、などと、たばこ会社が主張することがあったのですが、非差誤分類の場合、結果がぼやける方向(過小評価する方向)に働くので、誤分類があってもしっかり結果がでるのは、逆に強い証拠、とまで言えちゃうわけですね。
さらに、交絡を制御する際に、層化するのか、多変量解析をするのか、メリットデメリットも懇切丁寧におしえていたたきました。
さらにさらに……統計的検定よりも、推定をせよというのも、おっしゃとおり。ロスマンもどこかで言ってましたっけ。検定というのは「有意かどうか」「帰無仮説を棄却できるかどうか」だけに焦点を当てるけど、「推定」は中心値と信頼区間を示す分、情報量が多い。なんだか、ぎりぎり1をまたいでいて有意にはならなくとも、なんか関係ありそうだなあというところまで、疫学では気にしようよ、という話。
そりゃあそうだよなあと納得(今、書かれる疫学論文は実際に、95%CIをきちんと書いてあるはず)。
ま、こんなかんじで、ほかのこともたくさん、楽しく書いてあります。
強くお奨めします。
なお、これまで、人に薦めてきた疫学入門書との棲み分けもかなりはっきりと分かりました。
まず、本書は、「初歩的ながら体系だった知識を得たい人」「本書を読んでから、専門書に進みたい人」向け。将来実務家になる可能性がある人も。
津田敏秀さんの「市民のための疫学入門」は、本当に「市民」として、知っておくべき疫学知識(一番一般向け)。
そして、「ロスマンの疫学」は、因果推論の森にちょっとばかし入り込んで彷徨ってもいいという人や、哲学的背景に興味がある人、ってかんじでしょうか。
市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで 価格:¥ 2,520(税込) 発売日:2003-10 |
ロスマンの疫学―科学的思考への誘い 価格:¥ 2,625(税込) 発売日:2004-08 |
追記
ほんと「楽しい疫学」は、各章が楽しくて、だらだら書いていると、とりとめがなくなってくるのだけれど、あとひとつふたつ。
・記述疫学と分析疫学で、なんとなく分析疫学の方が高級みたいな、イメージを持っていた不明を恥じました。記述疫学の方法で整理したとたん、人ははじめて「見通し」を持ち得て、さまざまな仮説を立てたり、直接、公衆衛生政策に反映させたりできるようになるわけですね。
・感度と特異度がトレードオフである話は、いろいろなところで見るようになったけれど、ここでもよい議論がされています。