川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

あらためて、「青い海の宇宙港・秋冬篇」を紹介します。

2016-08-25 22:28:46 | 日記

(写真は、主人公の駆くんが一年間過ごすことになる家から見えたであろう光景)

8月5日に書店に並んだものの、その後すぐにお盆に入ってしまったので、今頃になって、紹介記事をアップすることになってしまいました。

さてさて、

「青い海の宇宙港・秋冬篇」は、「春夏篇」とあわせて、宇宙遊学生の1年を描いていた、ひとつながりの作品です。

「春夏篇」では、小学生たちはハイブリッドロケットをあげました。せいぜい数百メートルくらいの高さまでしか上がらないものですが、それでも、ロケット推進の原理を理解し、視線を上に向かせるには充分。

と同時にその燃料って、実は結構バイオなものでした。視線を足元に向けさせる効果も充分。

で、「秋冬篇」では、宇宙に行きます。それもバイオで(笑)。
宇宙ロケットって、灯油で飛ぶにせよ、アルコールで飛ぶにせよ、結構、生物学的な「地球力」を駆使してますよね。地球が長いことかけて培ってきたもので、宇宙に行く。そんなイメージ。

で、ロケットは輸送手段です。
なにを宇宙にもっていくのかが問題で、それが「秋冬篇」のキモです。
90年代の作品「夏のロケット」は、ロケットを民間で打ち上げること自体がトピックだったわけですが、今や民間宇宙開発というのは当たり前なのて、その半歩先、一歩先にあるのは、というと宇宙機開発だと思ったわけです。とても素直な解釈ではないかと、われながら思います。

宇宙機エンジニアで、驚異のアイデアパーソン、野田篤司さんの協力を得て、ちょっとものすごい宇宙機を準備してありますので、お楽しみに!

これ、いずれ、野田さんとしかるべき場所を設けて、解説していただけたらとか本気で思っているので、その時が来たら、いったいどんなことが起きたのか(起きたことになっているのか)、こってりと語りたいものです。

終章のサブタイトルは「永遠のタイムカプセル」。
これは、宇宙遊学生が一年かけて、この一年が結晶したタイムカプセル、であると同時に、人類にとってのタイムカプセルという意味も込めました!

話は壮大に広がるけれど、常に「足元」からつながるものとして、宇宙の果てまで見渡せたような気持ちになれたら、ぼくの意図の通りです。

秋冬篇は、後半だけに、あまり詳しく書くと「作者によるネタバレ」になってしまうので、この程度で。

あ、そうだ。
すでに読んでくださった方の中に、宇宙ロケットを飛ばすこと自体について「荒唐無稽」という感想を持つ方がいるみたいで、これは、ぼくがうまく表現できていないのだろうという反省と同時に、今の民間宇宙開発の勢いを意識していない人なら、そう感じても仕方ないところもあって、なかなか難しいと思いました。

ぼくが言えるのは、「これが荒唐無稽なら、現実はもっと荒唐無稽だ」ことなんですよね。
ことロケット部分については。

そして、本当のワンダーは……(禁則事項、ということで)。

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「宇宙留学」と「青い海の宇宙港」

2016-07-30 22:44:58 | 日記

書店に並んだばかりの「青い海の宇宙港・春夏篇」、そして、8月5日発売の「青い海の宇宙港・秋冬篇」は、限りなく種子島のような架空の島、「多根島」を舞台にして、「宇宙遊学生」の1年を描いた物語です。

販促用のちらしはこちらからダウンロードできるので、よろしければご覧くださいませ。多少詳しいことが書いてあります。(販促用なので、転送など、大歓迎です)

さて、すでに春夏篇を読んだ方から「宇宙遊学って本当にあるの?」と聞かれることが多いです。その疑問に回答しつつ、その関連のこともまとめておこうと思い、この記事をアップしておきます。

 まずは──

回答

宇宙遊学、あります!

ただし、実在の制度は「宇宙留学」と呼ばれています。

 

ぼくは、2012年度、宇宙留学の取材のために何度か、種子島を訪ねました。

そして、名は挙げませんが宇宙センターから一番近い小学校におじゃまして、宇宙留学生や地元児童と交流することができました。

授業のコマを1時間いただいて、宇宙について取材していることを伝えたり(今、民間の宇宙開発が進んでいるみたいな話で、北海道のインターステラテクノロジズのことなんかも話しました)、これからは宇宙の仕事がもっと増えていくぞーとか、煽った(笑)気がします。昼食を一緒にたべて、宇宙留学についてのあれこれを教えてもらったりもしましたっけ。

放課後は男の子グループと一緒に遊んでもらって、彼らの秘密基地を見せてもらったのはすばらしい思い出です。冒頭の写真は、その秘密基地からの帰り道ですね。

その後、秘密基地はバレちゃうんですが、バラしたのはぼくではないですよ。なんと彼らが持っているデジカメのせいなんです。子どもたちは携帯は持っていなかったけど、デジカメは持っていて、みんな思い出を撮っておきたがるわけです。もちろん、秘密基地も(笑)。そりゃあ、ばれますよね。里親さんたちに「これ、どこ?」と聞かれて、追究されてしまう、と。

それはそれとして、夜の打ち上げをみんなで見たのも楽しかったなあ。一緒になって興奮して飛び跳ねて。その時に、おじゃまして打ち上げを見させてもらったお家が、見晴らし最高で、本作の主人公の家のモデルになっています。

あの時、取材させてくれた皆さんは、今ではもう中学生、高校生のはず。もしも、本が出たのを見つけて連絡くれたら送るからね、とは言ってありますが、はたしてだれか見つけてくれるでしょうか。

なお、物語の中で、宇宙遊学の1年のを終えた子は、のちに振り返ってこんなふうに書きます。まだ出版されていない秋冬篇の一部ですが、すでに雑誌掲載時に一度は出ているものですから、ネタバレというよりも、既出の引用だと思ってください。

 

*******

 宇宙遊学の一年間は、森の緑と海の潮の匂いがまざった濃密な空気の中で、時間の流れが引き伸ばされたみたいに感じられた。ウミガメに連れられて竜宮城に行った浦島太郎とは違うけれど、宇宙遊学が始まった日と終わった日には、何かくっきりと線が引かれていて、その二本の線の間だけ不思議なくらい長かった。これは、島で一年を過ごした子どもたちは、だいたい似たような感想を抱く。
 島の時間は、特別。経験者は、みんなそう思っている。

*******

(「青い海の宇宙港」の「終章・永遠のタイムカプセル」より。)

 

「青い海の宇宙港」もつまりはそのような作品です。

輝かしい1年間を、宇宙に行くロケットの製作と重ねあわせて描き、「かぎりなく引き伸ばされた一瞬」として描いています。本当はこの倍くらい書きたかったけど自制してやめました(笑)。

しかし、すでに春夏篇の段階で、「悶絶するくらいこの子たちが羨ましい」とか「こんな小学生時代が自分にもあったら」とかコメントいただいているので、たぶん、その部分は成功しているのだと思います。

以上、宇宙遊学にまつわるコメントでした。

もしも気になって手にとってくださるなら、心からエンジョーイ!であります。

 

 

 

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「青い海の宇宙港・春夏篇」をあらためて紹介いたします。

2016-07-25 08:28:18 | 日記

「青い海の宇宙港・春夏篇」が書店に並びましたので、あらためてご紹介。

なにはともあれ、能書きを。
「青い海の宇宙港」は、春夏篇と秋冬篇の二部構成です。今回のリリースは、その上巻にあたります。

内容は、自分で要約するよりも人が書いてくれるのが一番!という考えなので、編集者にたよります。

********
小学六年生、天羽駆たちは、ロケットの発射場がある島の小学校の宇宙遊学生として一年を過ごす。島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会へ参加する模様を描く、少年の成長物語前篇。
********

あっさりしていますが、まさにそういう作品です。
下巻にあたる秋冬編は8月5日に出版の予定なので、こちらも実はもうじきです。

さて、脱線します。
いや、道をおもいきりさかのぼってから、本作品について語ります。

「夏のロケット」という作品で、小説家デビューしました。
1991年にTBSの秋山さんが、ソビエト(当時)のソユーズロケットで宇宙ステーション「ミール」に行き、翌92年、毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙に行く、その1年の間に書き上げた作品です。

ロシアのロケットの工場を訪ね、アメリカのスペースシャトルとは違いまるで町工場のようなところで組立てられいることに衝撃を受けました。考えてみれば、当時としても、宇宙飛行は、すでに30−40年もの歴史がある技術でしたし、まるで、自動車をつくるようにロケットを作っても不思議ではなかったのです。そのことに気づいた時に、これは書ける!と思ったわけです。

民間が、個人が、宇宙ロケットを作って問題ある? という話。

その後、紆余曲折がありました。
92年、脱稿直後、持ち込んだ某大手出版社で、出版に向けて話が進んだものの、よくわからない理由でキャンセルになりました。担当編集者の健康の問題だったような気もしています。これは今にしても本当に謎。突然、連絡が取れなくなったので。

94年にノンフィクション「クジラを捕って、考えた」(1995年、パルコ出版)を上梓する時に、別の中堅かつ野心的な出版社から、「夏のロケット」も同時出版!という話になって、気合を入れて改稿していたところ、編集者の急な退職で、またも出版は立ち消えになりました。

まだ、ネットの黎明期で、小説をアップするなど考えにくい時代、ぼくはいったん「夏のロケット」を棚上げにして、新人賞に応募しやすい短い作品をいくつか書いたりしつつ(そのうちのひとつが後の「せちやん」です)、テレビ局の仕事にも忙殺されていました。

95年のクジラ本以来、96年、97年と、年に一冊のペースで、海の哺乳類にかかわるノンフィクションを出せたことで、どうやら、物書きとしてやっていけるかもしれないと希望も見えてきました。そこで、97年、勤めていたテレビ局をやめました。

すると、不思議なもので、応募していた奨学金が「当たり」、ニューヨークに1年間、留学(正確には、研究員と呼ばれていた。でも、なぜかVISAは学生ビザ)できることになりました。またその頃知り合った編集者の勧めで応募していた「サントリーミステリー大賞」の最終選考に残り、公開審査会をニューヨークから電話で聞く、という不思議な体験をしました。

「夏のロケット」はまったくミステリーではないので、受賞は無理だろうと思っていたのに、なぜか「優秀作品賞」(大賞、読者賞に続く第3位)をもらえました。気に入ってくれた編集者が、頑張ってくれて、98年には単行本として出版することができました。

実は単行本のセールスは鳴かず飛ばずだったのですが、3年後、文庫化されてしばらくしてから、急に売れ始めました。吉祥寺のとある書店が、文庫コーナーで猛烈にプッシュしてくださったのがきっかけだったようです。おかげで、「夏のロケット」はぼくが描いた小説の中で、たぶんベスト3くらいに、読まれたと思います。それでも十万部はいかなかったと思いますが。

さて、「夏のロケット」は、「SFではないロケット小説」でした。
その後、小説だけでなく、テレビでも映画でも、「今の物語としての宇宙ロケット」が主題化されていったので、その源流のひとつになった自負はあります(ぼくのだけじゃないけどね)。

でも、「今の物語」なので、すぐに現実に追い越されるのですよ。
21世紀になって、まずはアメリカで「ニュースペース」(新しい宇宙開発。つまり民間主導のもの)という言葉が喧伝されました。

今、イーロン・マスクのスペースXなど、国際宇宙ステーションISSに物資を届けたり、今度は、有人飛行で宇宙飛行士をISSに送り届ける準備をしています。アマゾンのジェフ・ベゾスのブルー・オリジンも、随分、頭角をあらわしてきました。そして、日本でも、インターステラテクノロジズのように、本気で宇宙を目指す民間企業が、本格的に現れてきました。

ここまでくると、個人が(民間が)、宇宙飛行を企てる「夏のロケット」は、完全に現実に追い越された過去のものとなったわけです。
幸せなことです。同時に、じゃあ、その先は? とも思ったわけです。

ぼくは、未来へのビジョンを描くのに長けた作家ではないし、本人の嗜好としても、むしろ、「今」を描きたいと常に思っています。今、ぼくたちの周りにあるものを、活写し、結晶化したい、そんな欲望にとらわれています。そして、今、宇宙ロケットって、20世紀にはSFだったものが、現実になっているわけです。ますます、自分のテーマだ!とかも思っていました。

そして、やっと、それを形にできたのが「青い海の宇宙港」です(やっとたどり着きました!)。

「夏のロケット」の「つづき」だと思ってくださって結構です。作品世界としても、著者の中での連続性としても。

冒頭で紹介文を引きましたが、もうちょっとだけ語ります。
でも、要素を書き出すにとどめます。本当に自作を語るのはむずかしいので。

・舞台は、日本最大の宇宙港がある島、多根島。年代は2020年代の近未来。
宇宙遊学(いわゆる山村留学)で島に来た小学6年生、天羽駆と仲間たちの1年間の物語。
・同時に、悩み多きオトナたちの再生、再出発の物語。「真夏のロケット団」出てきます。
・駆は生き物好きだけれど、同時に宇宙を見上げるようになる。
・そして、自作ロケットをあげる。最初は200メートルで落ちてくるものから、そして、最後は周回軌道に乗るものを。もっと遠くへ行くものを。

ざっと、こんなかんじです。

自分にとって、あとから見て、区切りの作品になるような気が、強くしています。
91年のロシアから始まり、「夏のロケット」で一度結実したことが、さらにぐるりと回って、円環の理が閉じたかのような、感慨にとらわれたり。

それは、きっと新たな一歩への礎にもなってくれると思っています。
そのためには……多くの読者に届きますように! 

なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。

2016年7月25日
川端裕人
ふと気づけば、誕生日前日。
イギリス・コンウォールの「最果ての地」(ランズ・エンド)に向かいつつ。

追伸
次は2020年代のインターネット小説とか、金融小説とか、恐竜小説とかを書くべきなのでしょうか(笑)

 

 

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「動物園にできること」再読で、今の動物園にキャッチアップする

2016-06-05 21:41:01 | 日記

(写真はフローレス島で会った野生のツカツクリ。深い意味はありません)

動物園にできることの再読タスクフォースが本格始動しました。

「川端裕人の秘密基地からハッシン!」の最新号である17号に、「序章・走り回る子どもたち」について、7人の再読パートナーズたちがコメントしてくれています。

これがもうこってり。メルマガ末尾に特別付録としてつけてあるのですが、それだけで17000字にもなっています。興味のある方には、間違いなく役に立つ内容だし、ぼく自身も、この本を出して、十数年ぶりに、「動物園の今」にキャッチアップしているようなかんじです。

例えば、再読メンバーはこんなコメントをくれます。

***********

━━━━━━━━━━━━━━━━━
ブロック4:キーセンテンス その2
【本来の生息地から引き離され、本能に刻み込まれた行動(この場合は狩りのた
めに遠距離を歩き抜くこと?)をとることが妨げられていることからおこる「イ
ライラ行動」なのだ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

▼(メンバーコメント)
「イライラ行動」と断言してしまうことには違和感を覚える。動物園動物管理学
のp.17に以下のような事例が紹介されている。
――――――
常同行動は(高いとはいえ)コントロールできるレベルの刺激を自身に与え,個
々の動物が不快な環境やコントロールできない環境に何とか耐えられるようにす
るという点で,やりがいがあり,気持ちを落ち着かせる行動であることが示され
た (Rushen 1993).したがって,常同行動を示している動物の中には,実際には
同様の環境下で飼育されているが常同行動を示していない動物と比較して,心拍
数およびコルチゾール値は低く,循環血中の内因性オピオイド値が高い動物もい
る (Dantzer 1986, Mason 1991a).
――――――
※内因性オピオイドとは、エンドルフィンなどの…平たく言うと脳内麻薬。

さらに『~野生動物でも常同行動をはっきりと示している実例が述べられている 
(Veasey, Waran, and Toung 1996).』
実際にどうかは別として、常同行動は一般の来園者に囚われた動物が、病的な状
態にあるような印象を与えてしまう。個人的には、少なくとも日本の動物園は常
同行動をどう解釈するかの議論も大切ではあるが、まずは多様な刺激を十分に提
供することが先決なように感じている。動物のためにも、来園者のためにも、動
物園のためにも。

【川端コメント】
たしかに、「常同行動=イライラ行動」とするのは、今の理解水準では雑にすぎる
と思います(でも本文中にはこれから後にも出てきます)。刺激に乏しい環境で
の、彼らの適応行動だという捉え方もできるわけですね。……略

***********

常同行動とエンリッチメントを語る時に、「エンリッチメントってなに?」的なところから始めなければならなかった頃に書いた本なので、今の水準から見ると、こういう

ツッコミどころがあるわけです。

そして、それは大歓迎です。

今は、エンリッチメントの実践者は日本中にいて、紹介にあったような理論的後ろ盾になるような研究書まで翻訳されている。

「動物園動物管理学」は、結構、高価な本なので、ぼくは持っていなかったのですが、とうとうこのコメントに背中を押されて買ってしまいましたもの。

そうやって、ぼくも再読でキャッチアップ、するです。

そして!

もうひとつ再読メンバーのコメントで、今回、ちょっと分かってきたのは、エンリッチメントについては、結構「有名」になってきたのに、「種の保存」にかかわる個体群管理の発想や、その基礎になる集団遺伝学的な考え方が、あまり理解されていない!という現実。

最近話題のだれちょこ」(知っている人は知っている)なんかが、とても大切な仕事をしているのがわかりました。これ、動物園の当事者だけでなく、動物園にかかわる行政にも必要な知識で、そこがおろそかになっていると、大変なことになりがちです。

本当に、我々が置かれている諸相がちがってきています。

そのズレから、また学ぶことも多いのです。

そういうことを実感中。



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彼らが憧れるのは宇宙飛行士ではなくイーロン・マスクだ。

2016-05-23 21:54:26 | 日記

メルマガ・個人メディアである「川端裕人の秘密基地からハッシン!」16号の紹介。

毎回宇宙関係のことをつらつら書いている宇宙通信のコーナーでは、サンディエゴ州立大学のロケットチームの話。

ぼくが訪ねると、小型ロケットエンジンLR101を使って、ジンバル機構での飛行制御をやろうとしてました。

とりあえずはLR101の形を3Dプリンタで作って、それっぽい形で実験を準備しているところ。

エンジン1本だけなので、ロールの制御は首振りだけではできないので、そこだけはガスジェットを使って。

そのガスジェットのタンクは、チームの誰かの親類が勤めている病院からもらってきたものだとか。もう手作り感がありありですね。

で、本題はそこではなくて、今の学部学生にとって、宇宙開発といったらアポロではないし、スペースシャトルですらないわけですよ。

むしろ、スペースXやブルーオリジンなんです。

アームストロングに憧れるみたいなのよりも、イローン・マスクに憧れるんです。

宇宙飛行士になりたい!とかつて思ったような連中が、ロケットや宇宙船を自分でつくって、あわよくば自分で行こう、みたいに思っているわけです。

たしかに、NASAの宇宙飛行士って、ひたすら「選ばれる」ばかりの仕事だし、なれたとしてもアサインされないと「飛べない豚は……」的な世界だし、一生に何度も飛べるわけではないし。

たぶん、「宇宙兄弟」みたいな形の宇宙飛行士像って、あの作品がちょうど最後の時期になるんでしょうね。考えてみたら、オリオンロケットで月に行っているあの物語は、すでに今の我々とは違う時間線になってしまっているんだとも。

いろいろ感慨深し。

 

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400年間、人々を欺いてきたドードーの絵!

2016-05-22 20:33:25 | 日記

(写真は、生きたドードーを見て描いた可能性が高い、わずかばかりのスケッチ。つまり「欺いてない」やつ)

メルマガ「川端裕人の秘密基地からハッシン!」16号のドードー連載は、堂々めぐりしながら、螺旋状に進んでおります。

今回は、「出島ドードー」の震源地、ロンドン自然史博物館を訪ねるシリーズ。

旧来の絶滅鳥類の展示スペースのほかに、「ダーウィンセンター」と呼ばれるセクションにもドードーの新しい展示があって、そっちは最新のドードー研究の集積地という雰囲気です。

そして、この展示を企画して実現させたのが、ジュリアン・ヒュームさんで、彼が「出島ドードー」の発見者で、実は絵かきでもあり……といろいろな縁が彼のところでぴっとつながるわけです。

絵かき、それって大事なんです。

これまでのドードーの研究って、実物も標本もほとんどない中で、絵に描かれたドードーから研究されている部分が大きかったから、そこを批判的にみることができる、サイエンティストで絵かきのジュリアンは、まさに適任だったわけですね。

そして、彼は、400年間にわたって、ドードーのイメージを形作ってきた、一番有名なドードーの絵「エドワードのドードー」が、実は実物を見て描かれたものではないと看破します。

最初の復元をしたリチャード・オーウェンの間違いを誘発し、不思議の国のアリスのドードーの造形に影響し、400年間続いた古いドードー復元は、最近やっと、あちこちで修正されつつあって、日本の動物関係の絵かきさんも、そのへんは敏感に取り入れているみたいですね。

解剖学、特に美術解剖学を学んだ人なんかにしてみると、もともとおかしな復元だったのだそうです。

しっかし、「エドワードのドードー」の作者は、ルドルフ二世の宮廷画家だった人でもあって、そりゃあ、実物見ていたんじゃないかって思いますよね! 

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8年越しの重版出来。「PTA再活用論」はもうちょっと生き残る

2016-05-21 20:41:34 | 日記

「PTA再活用論」(川端裕人・中公新書ラクレ)が2008年の出版以来、毎年入学シーズン、総会シーズン、次年度本部役員決めシーズンなどに、ちまちまと売れ続け、8年目にして初版がやっとはけました。

ごくごく僅少なのですが、重版出来。同時に、新装版になりました。それは、数年前に中公新書ラクレ自体の装丁が変わったからなんですが。

出版後、いろいろありました。

「再活用論」って、「PTAの運営をまともなものにしようよ(悲劇の温床になるのはもうたくさん!)」というのと「PTAが、健全なコミュニティとして機能すればすばらしいよね!」というのを同時に扱っていたわけです。

自分が現役で役員をしていて、インサイダーとして活動しながら書いているから、どうしても、夢見がちなところもありました。

その後、ぼくは、自称負け組になってしまい、PTAから身を引きます。

はい、こういうことに勝ちも負けない、ですよね。でもね、ぼくの中に強烈に猛烈に敗北感か残っています。たぶん勝った人はだれもいません。なのに、ぼくは負けました。

そのへんは大変トラウマティックな体験で、いまだに強い挫折感を持っています。なにかきっかけがあると、フラッシュバックしてきます。

そして、自分だけならはまだしも、「再活用論」を読んで、「まともな運営」にせよ「健全なコミュニティづくり」にせよ、その両方にせよ、実現しようとチャレンジした人たちが、ばたばたと倒れていくのも目の当たりにするんですよね。

だから、実は3年くらい前に、「「PTA再活用論」がもしも売り切れても重版はせずに絶版にしてほしい」と出版社に申し入れていた時期があったんですよ。

そのかわりに、もうちょっと夢見がちではない立場で「PTA進化論」を書いてウェブ公開したり。これは新聞連載を集録したもので、キーメッセージは「イヤイヤやるくらいなら、逃げ切る方が誠実」「やりたい人かいない委員会とか休止で、いいじゃない?」というものですね。

また、PTAで起きる悲劇にもしも歯止めがかけられる人がいるとすれば校長先生だよなと思い、「校長先生のためのPTA入門」(学事出版の「月刊プリンシプル」に2年ほど連載)を書いて、これも無料公開したり。

印刷代だけで、紙の本にできるサービスがあったので、そこにもアップして、実際に百数十冊かは印刷されたようです。誰かがどこかで使ってくれたのでしょう。

さらに、PTAサークル化計画! というブログ記事をまとめたり。(このあたりが、今の考えに一番近いです。まだ、ちょっと夢見がちなところが残っているにしても)

これだけのものを用意すれば、「再活用論」の方はフェイドアウトでいいや、という判断になっていったわけです。

でも、その後、PTAを「変える」ことに成功した人たちが徐々に出てくるようになりました。

ほっとしました。状況がよくなったというふうな楽観視できるふうでもないけれど、とにかく、突破口を開く人たちが出てきた。

そして、出版でも「基本を押さえた」本が少し出はじめて、「再活用論」も、ワンノブゼムみたいになってきました。

正直、肩の荷が下りというか。じゃあ、「再活用論」も、昔、とある物書きが、リアルに体験し考えた記録と考察として、人の手の届くこところに置いておいてもいいかなあ、と思うようになったわけです。

だから、これからは、この本は「余生」みたいな提示の仕方をすることになります。

これは、ちょっと古い、本です。

たとえば、「PTAは入退会自由」ということが、ネットを検索しても見当たらなかった時代に、「それ、あたりまえ!」と語り、人を勇気づけたり顰蹙を買ったり、今からみると「なぜ?」というような反応を引き起こしたりしつつ、地味ーに読まれてきました。

世田谷区のすべての区立小学校PTAのほか、百冊くらい全国のPTA連合会に送ったけど、なーんにもレスポンスがなかった反面、自ら見つけた読者から連絡を受けて、あちこちで講演を頼まれたりもしました。

百年読まれる本であるとは、毛頭思いません。でも、あと少しは読まれる価値もあるのかもしれません。

経年により現状とあわなくなってきていることを割り引いた上で、それでも今なにか、引き出せるものがあったならぜひ活用してやってください。

それが本書の第二の人生、というか、書生、本生。ん? それじゃ違う意味ですね(笑)。第二の書籍生みたいなものになると思っています。

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「動物園にできること」再読タスクフォース結成!掲載開始!

2016-05-20 22:49:45 | 日記

(写真はアマゾンマナティ@イキトスですが、記事とは関係ありません)

メルマガ・個人メディアである「川端裕人の秘密基地からハッシン!」の新企画のお知らせ。

「動物園にできること」が絶版になってかなりたつわけですが、それを若き動物園関係者と再読していこうという企画が立ち上がりました。

取材をしていたのは20年近く前だし、文庫版が出てからもたぶん15年くらい。

とっくに賞味期限が切れているはずの書籍ですが、未だに読んでくれる人たちがいます。

そして、「新しい(日本の)動物園にできること」を待望してくれる人も。

でも、なかなかそういう想いに答えられないのは、端的にいって、書く場所がないから、です。

取材して書き下ろすのを自分でやるというのは、それこそ、フィールドワーク系の研究者が博士課程やポスドクの時代に、一生分の半分以上のフィールドワークをやって足腰を固めるのに似たところがあって、ぼくにとって「動物園にできること」はそういう位置づけのものでした。

だれのスポンサーも受けず(取材費という意味では)、原稿料もなく、ただ、1年間、貯金を切り崩して書いたものがあれです。買ってくれる出版社がいたからよかったものの、まったくリスキーですよね。

その後、プロの書き手としての仕事の幅が広がり、「勝手に書きおろし」は選択肢の中で優先度が低いものになっていました。

動物園について何かまとめて書く時に、ある程度の取材費と一次的な発表の場(雑誌連載とか)をくれる媒体には、ついに出会えず、動物園について何かを書く、ということ自体、優先順位が低くなっていました。依頼もなかったし。

これ、生き物ネタ全体としてそうで、ぼくはこの十年、生き物関係の著作を出していないと思います。小説の中で登場させる以外には(「12月の夏休み」とか)。

でも、やっぱり生き物関係やりたいし、好きなネタを好きな時に書きたいよなあと思って始めたのがメルマガ。

だから、好きなこと書いているわけですよ。ドードーなんて、好きなだけ堂々めぐりしてますからね。

じゃあ、動物園の話、またやってもいいんじゃない? という考えががふつふつと湧いてきたという流れですね。

もちろん、水族館のイルカの話とか近傍のネタは書いてきたけれど、動物園ずばりの話もやったっていいんじゃない? と。

そんな時にいろいろありまして、今、動物園界とその近傍で働く現役の論客たちが、一緒に「動物園にできること」を再読してくれることになりました。

それぞれ、学生時代やそれに近い頃に「動物園にできること」に出会い、味読してきてくれた人たちです。

彼らと意見交換しつつ読む「動物園にできること」は自著ながら、刺激的なものになるはず。そもそも、何書いたか忘れてる!ってところもあるし(笑)。

そして、この企画をぐるりと最後までまわせたら、その先のビジョンも見えてくるかも。

ぼくにとって新しい本の方向性とか、彼らにとってはこれからの動物園のこととか。

そんなふうに考え、わくわくしているところ。

 

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「頑張っている方に読んでもらいたい。きっと結城君が寄り添ってくれますよ」(声優の菊池こころさんより)

2016-04-05 20:58:34 | 日記

写真は「銀河へキックオフ!!」ブルーレイディスクより。青砥ゴンザレス琢馬君(背中はしっかりタギーに守られ中)

 

さて、「銀河へキックオフ!!」で、青砥ゴンザレス琢馬君を演じてくださった菊池こころさんから、拙作「声のお仕事」(文藝春秋)の感想が届きました。

許可を得て、公開させていただきます。

 

(以下、引用)

******

川端せんせい!!

「声のお仕事」感想です!!

送って頂いていた「オール讀物」でも読んでいたのですが、一冊にまとまったのを読むとまた違いますね!!午後のロードショーで観た映画を改めてDVDで観る感じでしょうか……(笑)

結城の気持ちに何回も「分かるわ…」と共感しました。

特に、全部リテイク!
音響監督に対して自動的に恐怖を覚える、とか(苦笑)

他にも共感した事が多々あって、なんて嘘の無いお話なんだろうと思いました。でも物語ならではのフィクションもあって、そのバランスが絶妙ですね!!だから私もまっすぐ読めました。

スタジオの建物描写が銀オフの時のスタジオを思い起こしますね……(嬉)
あと日向学と友坂優が、坂巻くんと優さんから名前をとっているんだろうなって、何だか嬉しかったです。

マイクワークの事や、結城の葛藤や、その葛藤理由や、すごく丁寧で、特にアフレコの様子と言うか雰囲気と言うか……、あの何とも言えない空気が丁寧に描かれているので、読みながら改めて体験しているようで。

プロの物書きさんって本当にすごいんだな…と思いました。歌手に「歌上手いですね」って言ってるようなものですがお許し下さい………

このお話は声優業の明るい面だけでなく、苦労の面も描かれているから現実味があるのかもしれないと思いました。「キラキラして見えるかもしれないけど、どんなお仕事も大変だよ」と。

そして、読んでいると、わたしにとっては「銀オフ」の日々が重なって、あの楽しかった日々がこの小説に繋がっているんだなぁ……とキュンとします。川端せんせいが銀オフを執筆して、アニメ化して、それがまた川端せんせいの別の作品に生きて……何か不思議ですね。

すごくすごく面白かったです。
銀オフを見て下さっていた方はもちろん、絶対にくじけまいと踏ん張っている方、そんな沢山の「頑張っている」方に読んでもらいたいです。きっと結城くんが寄り添ってくれますよ…

また、銀オフ会しましょう!!

では…(´`)

菊池こころ

******

 「あの何とも言えない空気が丁寧に描かれている」というのはとてもうれしいです。

丁寧に書いたつもりでありました。

そして、「頑張っている人たち」に読んでほしいという、メッセージ!

実際、結城くんは、いっぱいいっぱいなので、読んだ人か寄り添っているような気分になっちゃうかもだけど……4月だし、新しい職場や環境でがんばっている人、多い季節、うん、たしかにそういう「読み」は、とっても正しい!

本当に、こころさんありがとう!

また、銀オフ会、やろな! 

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蜂須賀正氏のドードー研究(博士論文)を北大図書館で閲覧させてもらった。

2016-04-04 12:25:34 | 日記

川端裕人の「秘密基地からハッシン!」13号より。

北海道大学の図書館に保管されている1949年度の博士論文を閲覧させてもらった。

既定では、北大の内部者ではないと見られないのだけれど、事情を説明した上で判断をいただいたらオーケイが出た。

尽力してくださったみなさんどうもありがとうございます。

で、蜂須賀博士論文は、こんなふうに2つの箱に入っていた。

これは主論文と参考論文に分かれているからだ。

1つの箱には、主論文+参考論文2。

もうそひつの箱には、参考論文1。

そのような構成。

蜂須賀正氏のドードー研究というと1953年(没後)に出版された「ドド鳥と近縁の鳥類」が有名。これは稀覯本になっている。

博士論文は、その元になったもので、基本的に中身は一緒と言われていた。

でも、ぱっとみたところ、49年論文の方が、ちょっと内容か薄いかもしれない。

その一方で、参考論文なるものが大量に添付されていて、これは53年書籍版にはないものだ。

いずれにせよ65年以上、ひと目に触れなかったと思われる一次資料を引っ張りだすことに成功したので、自分でもざっと目を通しつつ、しかるべき専門家に見てらおうと思っております!

北大のみなさん、ちゃんとここから、有意義な成果を出しますのでちょっとお待ちを(かなりお待ちを、になったらすみません)。

引き続き、ドードーめぐりしていくぜよ。

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